仕事に対する心構えが生まれる体験はあるか

長兄の言葉はズシンと腹にこたえ、そこからは右顧左眄うこさべんすることなく、また、自分の逆境を悲観することなく、たった一度しかない貴重な人生をとにかく必死に生きていこうと思い直した、という。

そして稲盛氏は、配属された研究室で、会社を再建するため誰にも負けない努力を始める。

稲盛氏はその後、前述の通り京セラを創業し、KDDIの立ち上げ、倒産したJALの再建に携わるなど、幾多の試練や困難に遭遇するのだが、いかなる場においても全身全霊を打ち込み、懸命に努力を続ける、という姿勢は生涯決して変わることがなかった。

その仕事に対する心構えは、若き日のこの経験が元にあるに違いない。

提供=致知出版社
雑誌『致知』編集部には45年間1万人超の取材記事が保管されている。

外尾悦郎「いまがその時、その時がいま」

続いては、外尾悦郎氏だ。不世出の建築家アントニ・ガウディが設計した「サグラダ・ファミリア教会」の壮大な聖堂の建設に、日本人として40年以上も参画を続けている彫刻家である。

本誌での取材は2012年。当時、サグラダ・ファミリアの主任彫刻家だった外尾氏が口にし、いまも強く心に残っている言葉がある。

「いまがその時、その時がいま」

この言葉は、『葉隠』が基であることを後に知ったが、外尾氏は取材で次のように述べられた。

この34年間、思い返せばいろいろなことがありましたが、私がいつも自分自身に言い聞かせてきた言葉がありましてね。

“いまがその時、その時がいま”というんですが、本当にやりたいと思っていることがいつか来るだろう、その瞬間に大事な時が来るだろうと思っていても、いま真剣に目の前のことをやらない人には決して訪れない。

憧れているその瞬間こそ、実はいまであり、だからこそ常に真剣に、命懸けで生きなければいけないと思うんです。