日本は「モノづくり」神話を捨てるべき
なぜユタ州の小さな企業経営者や元エンジニアが大規模な買収をすることができたのか。それは金融資本市場のシステムが整備されているからだ。アメリカでは直接金融が発達しているほか、LBO(買収先資産担保借り入れによる買収)やTOB(株式公開買い付け)、MBO(経営陣による企業買収)など様々な金融手法を使って起業家が資金調達をしやすい環境となっている。ケイン氏やロス氏も例外ではない。投資家や事業家が再建をリードする事業モデルを可能にしているのは資本市場のシステムのおかげといえる。
日本の低迷企業も、投資家がリードする事業モデルへ転換すれば復活できる。アメリカほど容易ではないにしろ、資金調達の手法が増え、金融資本市場のシステムも整備されつつある。私は、リーマンショック後の「モノづくりこそ日本経済の生命線」論に違和感を覚える。むしろいまこそカネづくりとモノづくりを連携させて、頭打ちの現状を打破する道を探るべきだろう。
もう一つ、日本について物足りなさを感じるのは起業家のエネルギーだ。アメリカは企業の開業率と廃業率が拮抗しているが、日本では開業率が大きく下回っている(図参照)。
ケイン氏が会社を立ち上げたのは、定年後の70代のことだ。アメリカの強さは、このように定年後のビジネスマンや女性、さらに移民者などのマイノリティーまで、あらゆる階層から起業のエネルギーが噴出していることにある。せっかく金融資本市場が整っても、それを活用する人がいなければ意味がない。この点は日本も改善の余地がある。
この傾向は企業単位で見ても同じだ。日本はいま円高に苦しんでいる。プラザ合意(85年)から四半世紀経ったが、当時の為替レートは1ドル約240円。2010年は80円台前半で推移しているので、約3倍に円の価値が上がったことになる。輸出産業にとっては厳しいが、半面、「海外企業を買収する=投資を軸にした事業モデル」に転換する大きなチャンスとなる。にもかかわらず、動こうとしない企業が多いのはどういうわけなのか。
80年代のバブル期には、ソニーのコロンビア・ピクチャー買収など積極的に外に出る日本企業も目立っていた。だが、90年代初頭のバブル崩壊でトラウマになってしまったのか、ふたたび巡ってきた好機に前向きに反応している日本企業は少ない。成熟産業では、むしろ成熟したがゆえに設備投資先がなく、キャッシュフローが潤沢な企業もあるはずだ。このチャンスに目を瞑ったまま、「成熟産業で先がない」と嘆くのは間違っている。
最大の問題は、どこに投資するかだろう。ちなみに、バフェット氏は参考にならない。バフェット氏のもとには数多くの投資案件が持ち込まれるが、彼は資料を見て5分で決断を下しているという。それで成功するのは本当の天才だけだ。幸い日本でも企業買収のアドバイザリー・サービスが充実しつつあるので、プロフェッショナルに相談しつつスキルを磨いていけばいい。
また産業全体ではなく個々の企業に注目することが重要だ。ある産業に投資などで参入する場合、大切なのはその企業が利益を出せるかどうかにある。市場全体が儲かるか、あるいは一つの製品が利益を出しているかどうかに固執する必要はない。成長が頭打ちになっている成熟市場の長所は、競争相手が参入してこないところにある。競争相手が少ない市場ならば、一つ一つの企業の価値をじっくりと見極められる余裕も出てくるだろう。
モノづくりの枠内だけで戦略を立てても、市場の縮小は乗り切れない。カネづくりによるサポートを得ることで戦略はグンと広がるはずである。
※すべて雑誌掲載当時