先ほど紹介した事例で言えば、「家族に迷惑をかけられない」という理由から、振り込め詐欺に加担してしまった男性の事例は「困窮型」です。夢や野望があったわけではなく、生活の困窮や孤独感からそうせざるを得なかったケースです。

対して、「パリ人肉事件」やネット脅迫の事例は「支配型」に該当します。とくに佐川氏は、財力のある家庭に生まれ育って、虚弱体質であったことから過保護に育てられました。身体は弱かったかもしれませんが、体力も、お金も、時間もあり余っているうえに、社会に認められないフラストレーションが溜まっている。怒りや野心が加害の動機となっている点が、支配型の特徴の一つだと考えています。

学位も体力もあるが、仕事がない

――どうすれば「支配型」の犯行を止められたのでしょうか。

阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)

「支配型」の事件には、社会的な役割が与えられていないことによる劣等感が共通しています。「パリ人肉事件」の犯人である佐川氏は、心神喪失で無罪となって帰国した後、作家として数々の本を出版しています。身体の弱さから一般的な会社勤めは難しかったとしても、作家や研究者として身を立てる選択は十分あり得たはずです。佐川氏が事件前に作家や研究者といった肩書を有していたならば、社会的評価も変わり、事件を起こすこともなかったかもしれません。

世の中の人が「学歴があるだけで勝ち組なんだから、甘えてないで頑張れ」と言いたくなる気持ちもわかりますが、高学歴難民の中には奨学金を返さなくてはならず、「しっかりと働いていまの状況から抜け出したい」と思っている人もたくさんいます。ただ、高学歴難民は自分が置かれている状況に向き合うこととは別に、学歴とキャリアのギャップに対する風当たりや劣等感といった特有の苦しみも抱えています。

彼らに対して同情してほしいと思っているわけではありませんが、世間には伝わりにくい苦しみを抱えた人々の実態を少しでも知ってもらうために本書を執筆しました。(第3回に続く)

(構成=佐々木ののか)
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