マイナンバーカードにビジョンなし
日本の役所は成否を吟味しない。いろいろなプロジェクトを立ち上げるが、「成功の条件」が明示されることはほとんどない。したがって「絶対に失敗しない」。そのプロジェクトが「成功したか」「失敗したか」を総括しないのだ。
仮に「総括」したとしても、「それなりに成果はあった」という詭弁を用いて終わりだろう。アウトカムを設定していない以上、「それなりにがんばった」と言うだけで成功したふりはできるから。
もちろん、日本の役人はとても勤勉だから、「そこまでやらなくても」と言いたくなるくらい、一所懸命仕事をしてくれるだろう。しかし、プロの世界ではアウトカムが大事なのだ。徹夜で素振りをして、翌日の試合で凡退ばかりしているバッターに「成果があった」という評価は与えられまい。頑張ることは、手段であって目的ではないのである。
例えば、しばしば議論になるマイナンバーカードもそうだ。結局、人々がマイナを持つことで、どのような社会にしたいのか、明確なビジョンが示されたことはない。
コンビニで住民票が手に入る? 住民票などしょっちゅう必要になるわけでなし、それがマイナのメリットというにはあまりに小さなメリットだ。そんなもの不要だ、という人も多いだろう。
健康保険証の代わりになる? 多機能なマイナンバーカードを毎回受診するたびに持っていくのは逆に不安にならないだろうか。紛失したときの再発行手続きも大変だ。実際、厚生労働省によれば、今年4月時点での利用率は約6.5%どまりだという。
下手を打ったマイナのポイント
結局、多くの人にとってマイナカードの最大のメリットは、「ポイント」だったのではなかろうか。まるでおまけのおもちゃがついているガムのようなもので、多くの子どもは「ガム」はあってもなくてもよいものなのだ。
私は米国生活経験があるので、ソーシャルセキュリティナンバーの重要性をよく理解している。日本住民がマイナンバーを持つことで得られるメリットも理解できる。しかし、下手にそれをカードにくっつけてしまったがゆえに、メリットの多くは激減してしまった。マイナンバーを活用した未来のビジョンこそが、政治家が示すべきものであろう。それはまだ示されていない。
このようなアウトカムを設定せずに、プロジェクトチームを立ち上げ、会合を開き、予算をつけて、予算を使い、そして報告書を書けば「仕事をした」ことになるお役所仕事に辟易とする。