博士号などの学位を取得しても、定職につけず、生きづらさを抱えている人たちがいる。そうした「高学歴難民」には、特有の困難がある。犯罪加害者の家族を支援するNPO法人の代表で、『高学歴難民』(講談社現代新書)を書いた阿部恭子さんは「彼らは『これだけ時間とお金を費やしたのに』という思いを抱いている」という――。(第2回/全3回)
「高学歴難民」と「就職難民」はどう違うのか
(第1回から続く)
――「高学歴難民」と一般的な「就職難民」との違いはどこにあるのでしょうか。
高学歴難民の苦しみは「こんなに努力したのだから報われるべきだ」という本人のプライドと密接に関わっています。
「一流大学を卒業したのに、思うような就職ができなかった」という人も大変だとは思います。でも、博士課程を修了した高学歴難民は、学位取得までに多くのお金と時間を費やしています。親をはじめとした周囲の期待もあったでしょうし、それが役に立たなかったという事実を突きつけられるのはやはり苦しいものがあります。
しかも、学歴とキャリアや仕事ぶりが見合わなければ「高学歴のくせに」と思われてしまう。それを笑いに変えられる人であればいいのですが、「高学歴のくせに」という言葉を死刑宣告のように受け取ってしまう人もなかにはいます。