だが、情熱はある
「僕の前にエチェバリで働いていたのは、のちにミシュラン一つ星レストラン『神戸bb9(ベベック)』のシェフになられた方や、ミシュラン三つ星レストラン『龍吟』からきた、ガチガチに気合の入った料理人ばかりでした。
そのなかで僕はウナギをさばいてと言われても、触ったことないし……。どうしていいか分からないから、いつも超怒られていました。でも、ビビって何もしないんじゃ、何も始まらない。次もまた振ってもらえるように最大限の努力をする。必死できれいに盛り付けたら、粗のない盛り付けになって。結果、次の週からお皿を任せてもらえるようになりました」
「ごまかすの得意なんですよ」と大きな口を開け、ガハハハと笑った。
経験値を上げていった前田さんは、「料理の原点」を追求すべく大胆な行動をとる。
僕はバスク人になりたい
エチェバリで働きはじめて4年がたった2015年。
それまでは夫婦揃って職場の寮で暮らしていた前田さんだったが、バスク人の食文化を根本から理解したくなり、空きがあった築200年の石造りの平屋に引っ越しをした。電線などの人工物が何も見えない見渡すかぎり山に囲まれた、電気やガスも通っていない家だった。
前田さんは、昔ながらのバスク人の生活に身を投じることにしたのだ。ニワトリや豚、ヤギを飼い、馬で出勤した。
季節によって変わる自然や草の湿度、香りなどをとことん観察してみた。
すると、ビクトルが感じていることが分かる気がした。その頃には、「生きたレタス」が何なのかも理解できるようになっていたという。
「朝と昼に採るのとでは食感が全然違うんです。太陽が当たっているかいないか、部位によっても硬さが違う。春夏秋冬で日の出の時間も違う。でも、レストランの営業時間だけは変わらない。タイミングを計算して収穫し、ベストな状態でお皿に盛りつけることが『生きたレタス』なのだと分かりました」