幸一が目をつけた「大量生産体制」
そんな内外雑貨に、ブラパット用の羽二重を買いに来ていたのが幸一だった。
だが幸一は、いつも1反(和服1着分)しか買っていかない。
「一反だけなんて邪魔くさいなぁ~」
渡辺が文句を言っても、
「金ないもん」
と悪びれることなく答える。格好をつけようとするところのない彼の態度が、渡辺には好ましかった。
1反ずつ買っていった代金さえもツケである。
「そう言えば、あのときの代金全部もらったやろか……」
取材の際、95歳だった渡辺は、70年近く前のことを思い出しながら、そう言って笑っていた。
そのうち幸一は内外雑貨の生産体制に興味を持ち始めた。工場はいろいろ知っているが、ここはほかとは比べものにならない大量生産体制を確立している。なおかつ、それを指揮しているのが、いつも彼に羽二重を売ってくれている渡辺らしいのだ。
ある日、だめもとで彼女をこう言って誘ってみた。
「うちの工場をちょっと見てくれへんか?」
「ええよ」
ふたつ返事である。
「でもこっちの仕事終わってからやで」
幸一は彼女が帰宅するのを待って自転車で迎えに行った。
深夜まで続いた無給奉仕の熱血指導
渡辺は自転車の後ろに乗って、まだ砂利道だった御池通を走って室町の本社工場へと向かった。
道路に面したしもた屋の格子戸をガラガラッと開けて入っていくとすぐ、そこかしこに荷造り途中の木箱が乱雑に並んでいる。きれい好きの渡辺は思わず顔をしかめた。
そして裏にある洋館の3階にある作業場に通してもらい、初めて和江商事の生産工程を見た瞬間、渡辺は、
「えーっ?」
と驚きの声を上げた。思わずみなが顔を上げてこちらを怪訝な面持ちで見たほどだった。
当時の和江商事は1枚のブラジャーの縫製の全工程を1人の職人が行っており、文字通り手作業の職人技の世界だった。渡辺に言わせれば無駄だらけ。大量生産しようという意思を全く感じさせない前時代的光景だった。
(これは教えることようさんありそうやなぁ……)
こうして彼女の熱血指導がはじまった。6時か7時に迎えに行って毎晩11時か12時頃まで続いたが、それが無給奉仕だったというから驚きだ。
「塚本さんお金ないしね。こっちは他の会社で給料もろてたから」
取材の際、さらっと話してくれたが、その心意気に惚れ惚れした。