太陽の光が身体中に染みわたり、江南さんの心と体は徐々に健康を取り戻していった。

「『とうもろこし採りに行こう』って誘われて、お日様の下に連れて行ってくれるんです。普通はもっと心配して、一緒に落ち込んだりしちゃうのかもしれませんが、家内は強い。本当に強い人なんです」

そして妻の言葉が、江南さんの人生を変えることになる。

「サラリーマン向いていないわよ。若いうちに準備して、一緒に農業をやりましょう」

兼業のみかん農家になる

「スズキに就職して、本部のある浜松市に来たとき、みかんのおいしさに驚いたんです。関西のみかんはとにかく甘いんですが、ここのみかんは甘みの中に酸味もあって。家内ともよく秋になるとドライブしながら、100円みかんを食べ比べたりしていました」

――農業やるなら、みかんがいいね。

お互いに意見は一致。2015年の春、江南さん夫婦は浜松市北区に1.5反のみかん畑を借りて栽培をスタートさせた。江南さんは会社を続けながら、休みの日には畑に出るようになっていった。

写真提供=えなみ農園
現在の江南さんのみかん農園。

「農業をやり始めて驚いたのが、農家の方ってみなさん、開き直りがすごいんです。何年か前、台風でこの辺り一体がすごい被害を受けてたことがあったでしょう? 木なんて丸ごと飛んでいって、もうめちゃくちゃですよ。でも、農家さんたちは『まあ、今年はだめだな』って軽く言って平気なんです。サラリーマンの常識からいったら、収入源が全て一晩でなくなってしまうんだから、諦めるなんて考えられませんよ」

自然と向き合う農家から「諦め」を学ぶ

2018年9月、大型の台風24号が直撃し、浜松市全域で最長7日間にわたる大規模停電が起きた。最大瞬間風速は40メートルを超え、暴風雨の直撃を受けたみかん農園では、実が落ちるどころか樹木ごと吹き飛ばされる被害が相次いだ。

しかし一夜明け、呆然と畑に佇む江南さんを尻目に、農家たちの反応はみなあっけらかんとしていたという。農家には災害が発生したときのために共済制度があるとはいえ、会社員の江南さんにとっては意外な反応だった。