自分がやらなければ、という想いが強かった。それだけの自信もあったし、仕事は江南さんの生きがいでもあった。その頃は週70時間以上働くこともあったという。単純に一日になおすと、月曜から金曜まで毎日朝8時から夜10時まで14時間働いたことになる。
24年間の会社員生活で47件もの特許を取得したというから、その活躍ぶりがうかがえる。
「あの頃は『24時間働けますか』じゃないけど、いかに自分ができる男かを見せつけるのが、社会でのかっこよさ、みたいな風潮があったんです。周りの期待も大きかったし、自分はできるって思っていた節もあった。……でも、どっかでやっぱり、破綻しますよね」
破綻のときは、ある日突然やってきた。
原因不明のしびれが続き、病院に駆け込んだ
朝起きて、体の異常に気づいた。体が痺れて感覚がないのだ。
――過労か睡眠不足だろう。
ここのところ忙しかったし、ずっと眠れない日が続いていた。少し休めばきっと良くなるはず……と思っていたが、そうはならなかった。原因不明のしびれが続き、脳が麻痺したよう。駆け込んだ病院で、意外な事実を告げられた。
「メンタルの問題ですね。会社もしばらく休まないと、治りませんよ」
体は確かに疲れていた。働きすぎている自覚はあったし、眠れない日も続いていたが、まさか自分がメンタルを病むなんて……。
それが始まりだった。その後江南さんは、たびたびこのメンタルの不調から来る体調不良に悩まされることになる。
「原因は、自分の弱さですね。ひとつのことに夢中になると、手を緩めることができなくなってしまうんです。『自分ならできるはずだ』と自分を追い込んで、知らないうちに心も体も酷使してしまうのでしょう」
薬の服用で体の感覚は戻り、しばらくするとようやく会社に復帰できるまでに回復した。しかし完全回復とはいかず、夜眠るためには睡眠薬が手放せない。身体的にも精神的にも辛い日々が続いたという。
人生を変えるきっかけは“妻の一言”だった
「毎日生きるだけで必死でしたね。一日やり過ごすので精一杯で。会社では気を張っていたけれど、部下や同僚は気づいていただろうし、ずいぶん気も遣わせてしまったと思います」
メンタルダウンした江南さんを支えたのは、妻だった。市民農園に江南さんを連れ出し、日の光を浴びて一緒に農作業をする。一言も文句を言わず、少しも急かすことなく、江南さんをただ明るい方へ連れ出してくれた。