最後の命の選択

娘と父親を寝かせた23時ごろ、夫と話しをした。

「お父さんがまた昨日みたいになったらどうしよう? もうお父さんの側では、お母さんを寝かせられないよ」と春日さんが言うと、少し考えて夫は、「ここに介護ベッドを置いたらどうだろう?」と提案。こことはつまり、春日さんたちが暮らす1階のリビングだった。母親はもう、2階まで自力で上がることはできない。1階なら父親と離しやすい。春日さんはすぐに賛成した。

そうと決まれば、明日の介護ベッド搬入に備えて、ソファを移動させておく必要がある。2人はできるだけ物音を立てないようソファを2階に移し、介護ベッドのスペースを確保した後、1時半ごろ就寝した。

ところが3時半過ぎ。突然スマホが鳴り、春日さんは飛び起きる。母親の病院からだ。春日さんは緊張する。

看護師によると、母親の手術は無事終わったが、術後の痛みによるせん妄で混乱した母親が、口から入れていた管を自力で抜いてしまったのだと言う。その管を抜いてしまうと、せっかくした手術がなかったことになってしまうため、「手術をもう一度受けますか?」という電話だった。母親本人は、せん妄の状態ではあったが、「もういやだ」と答えたという。

一度電話を切り、10分ほど考えた春日さんは、決心した。

「このまま何もしなければ、母は死んでしまう。今母を助けられるのは私しかいない。でも、また母を苦しめることになるかもしれない。身体に負担をかけるだけになるかもしれない。その痛みで、また管を抜く可能性もある。その度にこれを繰り返すの? 母の体力は保つの? そして、これが何日も、昼夜関係なく24時間続くとしたら、私自身のメンタルは保つの……? ということを考えました」

春日さんは、「もう手術はしないでください」と電話した。スマホの音で起きてしまった娘を寝かしつけてくれた夫は、側で静かにうなずいた。

折れた父親

火曜日の8時半ごろ、再び病院の看護師から電話があり、24時間体制で在宅看護するチームづくりについて説明を受けた。

水曜日、父親の通所申し込みをするため、ケアマネジャーが訪問し、父親と初対面する。父親は「僕はね、自分のことは自分でできるんですよ。だからせっかく来ていただいたのに申し訳ないんだけどね、僕はデイサービスなんていらないんですよ」と言う。春日さんは、父親を説得するうちに、号泣していた。

「昨日の病院からの電話覚えてる? 忘れてるだろうから何度でも話してあげるよ! お母さんはもういつ何があってもおかしくないの。今この瞬間だって生きてるのかわかんない。コロナ禍で面会もできないし、会えないまま死んじゃってもいいの⁈ なんで半日だけ出かけるのをそんなに嫌がるの? お父さん、人と話すの嫌いじゃないじゃん。もし話したくないなら、そこで本読でればいいじゃん! なんでそんなに嫌がるの? 歩いて5分じゃん。私はお母さんに帰ってきてほしい。このまま会えないなんて絶対嫌。たまには私のお願い聞いてくれてもいいじゃん! 1つくらい言うこと聞いてよ‼」

最後は絶叫していた。すると父親は、「もういいよ、わかったよ。言われた通りにするよ」と言った。すかさずケアマネジャーが、「これから見に行きませんか? すぐそこですし!」と促すと、父親は、「あぁそうですね! 行きましょう」と立ち上がった。

見学から帰ってきた父親は、翌朝からデイサービスを利用することになった。