父親と娘の限界

母親の葬儀前日も父親は深酒し、酒臭いまま参列して泣きじゃくっていた。春日さんは抱っこ紐に娘を入れ、喪主を務めた。

葬儀から一週間後、父親専用となった2階のリビングに行くと、観葉植物は倒れ、扉や壁紙は傷つき、テーブルの上のものが床に落とされていた。

「このままでは私も父もだめになる。いつか泥酔した父が、娘に危害を加えるかもしれない。そう思った私は、父のケアマネさんに『施設に入れたい』と相談し、紹介された3つのグループホームに申し込みましたが、どこも満床でした」

その後、ケアマネは車で約2時間の距離にある老健を紹介してくれた。アルコール依存症の可能性がある認知症高齢者を受け入れてくれる施設が、近場になかったからだった。

10月初旬。夫が用意してくれた夕食を並べ、春日さんが配膳の準備をしていると、酒を飲んでいた父親が「僕の通帳は?」「この家の権利書は?」「母さんが亡くなったことを僕の息子や母さんの友人に伝えたか?」と繰り返し聞いてくる。

思わず春日さんは、「ばかにしないでよ! 同じことばっかり1日中毎日毎日! いい加減にしてよ!」と怒鳴り、娘の離乳食をのせるトレーをテーブルに叩きつけて割ってしまう。父親は、「君こそ僕のことをばかにするな! なんだその目は!」と怒鳴り返す。

9カ月の娘をお風呂に入れていた夫は、異変を聞きつけ、娘を抱え、全裸のまま出てきた。うずくまって泣いている春日さんを目にすると「お父さん、ちょっと寝室に行った方がいいです。彼女を1人にしてあげてください」と言った。

父親は、ワインボトルとグラスを持って去ると、1時間後、何ごともなかったかのように下りてきて、晩酌を再開した。

ワインを注ぐシニア男性
写真=iStock.com/Giuseppe Lombardo
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老健入所の日。父親には「認知症のセカンドオピニオン」だと嘘をつき、家族4人、夫の運転で向かった。ところが、入所フロアに連れて行かれた途端、父親は強い帰宅願望を見せ、「窓を割ってでも出てやる!」という、乱暴な言葉を発したため、老健側は受け入れを拒否。

老健のスタッフから精神科への入院を勧められた春日さんは、帰りの車の中で、近場で入院設備のある精神科を調べ、電話をかけまくった。だが、「警察沙汰になるなどの緊急性がない限り入院できない」「認知症病棟は満床のため数カ月待ち」とすべて断られる。

翌朝、「自宅から遠いが、背に腹は代えられない」と、昨日行った老健の提携精神科病院へ連絡したところ、昨日の老健での話が通り、「13時に受け入れ可能」との回答を得る。再び春日さんは、父親に「認知症のセカンドオピニオン」だと嘘をつき、精神科へ連れて行くと、そのまま医療保護入院となった。医療保護入院とは、入院を必要とする精神障害者で、自傷他害のおそれはないが、任意入院を行う状態にない者を対象として、本人の同意がなくても、精神保健指定医の診察および保護者の同意があれば入院させることができる入院制度だ。

「入院後は毎日、『いつ迎えに来るんだ⁈ こんなとこに入れやがって! 面会も来ないで何してるんだ!』などと暴言電話がかかってきました。前日に面会していても忘れてしまうのです。これが寝かしつけや授乳、保活や母の事後処理の最中だったりグループホームの見学中だったりで、つらすぎました。『育児休職ってなんだろう? 親のことしかしてないのに』『なんで暴言を聞き続けなくてはいけないの?』と何度も思いました。電話が鳴るのが恐怖でした」

12月。父親はお酒から離れたことと、薬のおかげで他の患者とのトラブルもなく退院し、もともと入所するはずだった老健に入所。しかし老健では電話の時間制限がないため、精神科では1回5分だった暴言電話が20分に伸びた。