部次長昇進を目前にして“マタハラ”で降格させられる

時は、働く女性が仕事と家庭を両立できるよう、実効性のある支援策を推進するため、企業が本格的に取り組み始めていた頃である。山田さんの見解はある意味、時代の潮流に逆行することにもなるわけだが、彼は堂々と、自身が思い描いた通りの「男は仕事、女は家庭」という夫婦の役割分担が奏功していることを強調した。しかしながら、順風満帆なのはこの頃までだった。

課長ポストに就いてから4年後の2012年、部次長昇進も間近と目されていた42歳の時、部下の女性から育休取得を契機に嫌がらせを受けたとして、人事部のハラスメント対応窓口に訴えられるのだ。訴えた本人のほか、同じ職場の社員へのヒヤリングを経て事実認定され、数カ月後の定期人事で山田さんは子会社の建設工事会社への出向を命じられた。

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ちなみに職場での妊娠、出産、育休取得などを契機とする嫌がらせであるマタハラ(マタニティハラスメント)という言葉・概念は14年の新語・流行語大賞の候補に選ばれるなど、2010年代前半から少しずつ世に広まりつつあったが、実際に法律でマタハラ防止措置が企業に義務付けられたのは17年のこと。山田さんが女性部下から訴えられた当時、マタハラ問題を認識していた管理職はそれほど多くなかっただろう。

「出世を目指す女性」が理解できなかった

子会社出向から1年ほど過ぎた13年、山田さんは動揺を隠せない青ざめた面持ちで重い口を開いた。

「育休を取得させなかったわけでも、嫌がらせをしたわけでもないのに、その女性部下は『職場復帰してから十分な仕事を与えられず、管理職を目指して能力を発揮する機会を奪われた』などと訴えたんです。事実無根の訴えでしたが、私には事情を説明する機会ももらえませんでした。それで子会社に左遷なんて、全く納得できません。ただ、個人的な思いが、そのー、なんというか……」

「個人的な思いが、ハラスメントにつながった可能性があるということですか?」

「いや、今でもハラスメントだったとは思っていません。ただ……仕事と家庭を両立させて働き続けたいというだけでなく、出世まで目指す女性の働き方がどうも理解できなかったというか……。そんな思いが顔色や態度に出てしまっていたでしょうし、実際に職務を遂行できるのか不安で、育休前と比べて軽い仕事しか任せられなかったのも事実なんです……」

山田さんへのインタビューからだけでは、実際にマタハラがあったかどうかは判断できないが、彼自身が理想とし、実現してきた根強い男女の性別役割分担意識を背景に、無自覚のまま、女性部下へのマタハラ行為に及んでいた可能性があることも否定できないだろう。