妻から「負け組」と呼ばれ暴力を振るわれる

この出来事が、夫婦関係に暗い影を落とすことになるのである。出向により、子会社の課長職に就いてから3年が過ぎた2015年、元いた会社との労働契約を終了。子会社と労働契約を結ぶ転籍となった。その後2年ほど連絡が取れなくなっていたが、17年、ようやくインタビューが実現した。

子会社の部長職に就いていた47歳の山田さんは白髪が目立ち、覇気がない。課長に昇進し、意気揚々としていた頃とはまるで別人のようだ。どう声をかけていいか考えあぐねていた時、彼は静かに淡々と語り始めた。

「実は……妻から暴力を受けまして……」

思いもよらない告白に、質問の言葉に詰まってしまう。

「それは、そのー、つまり……」

「DV(ドメスティック・バイオレンス)です。私が子会社に転籍となり、元の会社に戻れる可能性がなくなってしばらくしてから始まりました。『出世すると言っていたのに、約束が違う』『自分は仕事を辞めて、あなたに賭けていたのに……』『負け組になるなんて……こんなはずじゃなかった』などと一方的に責め立てられ、口論になることが増えて……。そのうちに会話がほとんどなくなったかと思うと……今度は、妻の気持ちのたかぶりが暴力として現れるようになってしまったんです。どうしてこんなことになってしまったのか、夫として、男として本当に面目ない、です……」

ソファに座ってうなだれる男性
写真=iStock.com/kimberrywood
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父親に対する暴力にショックを受ける子供たち

妻はリビングの棚に置いてある花瓶や家族写真の入ったフォトフレーム、雑誌などを手当たり次第に山田さんに投げつけ、さらに顔や体を殴る、蹴るなどの暴行を加えるようになったのだという。たまたまその様子を目撃した当時、小学3年生の長女(9歳)と小学1年生の長男(7歳)は、ショックから母親とも父親とも会話ができなくなってしまったらしい。

両親の不和が、「面前DV」による子どもへの心理的虐待をもたらした罪は重い。妻からのDVが始まってから1カ月ほど経た頃、子ども2人を東京郊外に暮らす山田さんの実母に預けた。彼自身も1週間程度、最寄りのサービスエリアで車中泊しながら自宅近くまで行って外から妻の様子を観察していたが、このままでは妻自身が危険と判断し、義母を自宅に呼んで妻の面倒を見てもらうことにした。

子どもたちは、祖母が温かく世話をしてくれたこともあり、少しずつ元通りに会話ができるようになったという。妻と別居してから2年。妻は躁うつ病と診断され、精神科のクリニックで投薬治療を受けていたが、ほぼ回復し、必要な時に精神安定剤を服用している程度だという。