「狩りの旅」に向かわせる神経伝達物質

私たちの行動は様々な神経伝達物質によってコントロールされていますが、これらはいわば、私達を新しい場所への狩りの旅に向かわせるためのものでもあります。狩りにおいて天敵か獲物に出会った時、その情報はストレスとして察知され、コルチゾールが分泌されて、脳と身体が、闘争(Fight)か逃走(Flight)か、身を硬くしての防御(Freeze)かの臨戦態勢に入ります。

別の神経伝達物質ドーパミンは、感覚中枢から伝えられた情報の中からノイズを排除し目の前のことに集中させる機能も持っています。カフェやコワーキングスペースのざわめきの中でも、自分の読書や作業に集中できるのは、ドーパミンのおかげです。

また、集中していても近くで自分の名前が聞こえると突然、意識をその会話に向けることもできます。「皮質コラム」における予測学習モデルとドーパミンのおかげです。自分の名前が出ないと予測している状況では、ニューロンを活動電位に至らないレベルで起動させつつ、自分の名前が聞こえたという感覚中枢からの情報にはニューロンが発火し、集中力を向けさせます。

このような「喧騒のなかで意味のある情報を抽出する」ということがAIはとても苦手だと言われています。なぜなら、AIには自己意識や、そのための意味抽出という概念がなく、マイクから均等に収集された音声情報の中で何が意味があるのか、(事前にプログラムされていない限り)判断できないからです。

車窓の景色を見ながら涙を浮かべるロボットはいない

ロボットに搭載されているAIには今のところ、人間が命令した特定用途の目的遂行のための知能しかなく、自己保存や自己複製を目的に様々な行動を動機づける人間の神経伝達物質のような自律的な機能はありません。機械やロボットが事前にプログラムされた以外の行動を取ることはありません。何らかのセンサーデータを集めて特定の動きに関する学習をすることはありますが、そこから感情が芽生えたりすることももちろんないのです。

全ての生物は、生存の為に自分の意思で自律的に運動を行います。微生物ですら、刺激源に対して方向性をもって体を移動させる「走性」の運動能力を持っています。私達が、快適な自宅を離れて、ふと知らない場所への旅に出たくなるのも、それによって癒やされるのも、そうした生物としての根源的な脳の働きのためと言えます。

私達は、ぼんやりと車窓に流れる景色を眺めることが好きです。しかし、放浪の旅に出てしまうAIや、車窓の景色を見ながらふと涙を浮かべるロボットはいません。移動と運動に対する根源的欲求、それらは私達の脳(HI/ヒューマン・インテリジェンス)の特徴です。

写真=iStock.com/PixHound
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