※本稿はサンドラ・ヘフェリン『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』(講談社)の一部を再編集したものです。
50代で若年性認知症になった夫を連れ、ドイツから日本へ
弟も私も仲良くしている、60代のアンナ(Anna)さん夫婦が日本に遊びに来た時のこと。
夫婦が滞在中、彼らの長年の友達だという別のドイツ人の夫婦、ペトラ(Petra)さんとトビアス(Tobias)さん(ともに50代)も、観光に加わりました。
私はガイドも兼ねて同行したのですが、事前にアンナさんから言われました。
「トビアスは若年性認知症なの。でもペトラがちゃんと見てるから、あなたは心配しないで」
それでも「ペトラとトビアス夫婦」だけと待ち合わせた時は、ちょっと不安でした。
ペトラさんは精神科医で絵画やアートが大好き。ファッションも個性的で、オレンジ色の物を上手に取り入れた派手めのコーディネートが素敵でした。そして夫のトビアスさんも、こざっぱりとしたきれいな格好。笑顔がほわーんと温かい、とても感じの良い人でした。もし認知症だと言われなければ「話し好きのドイツ人にしては珍しく、あまりしゃべらないもの静かでニコニコしている人」で通りそうです。
トビアスさんはかつてミュンヘンの病院の、小児科部門の主任医師でした。同じく小児科医であるアンナさんの夫、シュテファン(Stefan)さんの同僚で、公私ともに親しい間柄だったとのこと。ちなみにアンナさんも医師です。
妻は最初、夫の認知症発症を信じられなかったが…
ある時から、トビアスさんの様子がおかしくなります。職場で契約書にサインをしたのに、30分後には忘れてしまったり、事務方にすでに確認を済ませたのに、30分後にまた同じことを確認しに行ったり。
みんなに好かれていただけに、誰も彼に「あなたは、おかしいです」と面と向かって言えませんでした。でも、職場は子どもたちの命を預かる小児科です。万一のことがあっては大変だと同僚たちが話し合ったうえで、夫婦で親しかったアンナさんが、代表して妻のペトラさんに電話をすることになりました。「センシティブな話は、妻から妻へと伝えたほうがスムーズにいく」とみんなで考えてのことでした。
アンナさんが病院でのトビアスさんの様子を話したところ、最初はペトラさんに信じてもらえませんでした。夫の変化に気づいていなかったのです。配偶者は毎日一緒にいるので、意外とその変化に気づかないケースもあるようです。
もともと夫婦間でリーダーシップを発揮していたのはペトラさんでした。妻が様々なことを決め、計画するという夫婦の「リズム」は、ずっと「変わっていない」のです。二人は旅行が好きで、今まで世界のいろんな場所を旅してきました。そこでトビアスさんの認知症が発覚してからペトラさんは決心したと言います。
「今まで通り旅行をして、トビアスにこれからも世界のいろんな場所を見せてあげよう」と。