安定的な生活は幻想である

【佐藤】それから、医師は激務である上に「人の生き死にを預かっている」という緊張感をつねに抱えています。むずかしい判断を求められることもよくある。さらに医療訴訟のリスクがあります。そういうことを考えれば、お医者さん、特に勤務医は決して高収入とは言えません。

【片岡】たしかに医療過誤対策の保険料も高いですからね。それから、医局に所属して転勤が多い医師は、勤務先がころころ変わるので、実は退職金の総額が異常に少ないという現実もあります。

【佐藤】それでも日本の医療が何とか維持できているのは、高いモラルや使命感を持って働いている医師がいるからです。社会の仕組みとして医学の水準を守ろうというのではなく、個人的資質に頼り切ったシステムになっている。それが現状です。

ところが、そうした現状は報道されないから「国家試験に合格して、医師免許を取れればそのあとの安定的な生活が保証される」という、そういう幻想の上に医学部ブームが成り立っている。

「金儲けがしたい」は間違っている

【佐藤】それ以外にも――研究に深い関心がある人たちは例外として――臨床が嫌いな人が医師になってしまうと不幸です。研究する動機が「金儲けがしたい」とか「有名になりたい」ということだと、やっぱりいい仕事はできないだろうと思うんです。

【片岡】そういう理由で医者になるのは、本当に間違っています。

【佐藤】そこは「人の病気を治したい」という気持ちを持っていなければならないし、臨床に関心がなければいけない。

いわゆる偏差値エリートの中にときどきいるのは、「医者になりたい」という強い動機はなくて医者になってしまう人です。そういう人の中には、たとえば高校時代にさほど成績が良くなかったことがコンプレックスになっていて、自分よりも成績が良かった連中を見返すためだけに医学部に入る人もいます。

自分をバカにした連中よりも高所得になって、立派な家に住みたい――そのために手っ取り早いのが医者になることだ、と思って医学部に入るんです。

【片岡】信じがたい発想ですね。