万策尽きたと思ったが…

ぼくはじつは、当時かかっていたうつ病と闘病しつつ、精神疾患を抱える人やメンタルに悩む人たちの相談に乗る「メンタル相談室」を開いていました。心に不調をきたした人の声を聴き、医師や医療機関につなげる活動です。きめ細かな心配りが必須なため、体力や知力を必要とするけれど、うつ病の経験を活かせることもあり、これがぼくの生きがいになっていました。

そんなぼくが、ある日、いつもなら相談に乗る立場なのに、思いあまって相談者に転職活動について話を聞いてもらったことがありました。「あまり周囲にはいっていないことなんですけど、じつは転職を考えているんです。でも、行き先がまったく見つからなくて、ほんとうに困っていて……」すると、相手から思わぬ言葉が返ってきました。

「ぼくの親戚が会社を経営しているのですが、ちょっと聞いてみましょうか。正木さんには、これまでよくしてもらっています。恩返しさせてください。親戚に相談してみます。転職の条件はありますか?」

彼の言葉に、ぼくは耳を疑いました。そして、すかさず反応。

「えっ!? いいんですか!? それはありがたい……。条件なんて、そんな、全然ないです。お話をもっていっていただけるだけで、感謝しかありません」
「では、しばらく待っていてください」

万策ばんさく尽きたと思っていたときに、一発逆転の可能性。喜びに胸が高まります。自分を偽らずに生きたい。もとは、この願いからはじまった転職活動でした。

1カ月後、人事から連絡があり面接することに

この願望は、もしかしたら多くの人にとっての人生のテーマかもしれません。『死ぬ瞬間の5つの後悔』(新潮社)という本があります。同書によると、死を目の前にした人が抱く後悔は、基本的に、自分の本心にむき合わなかったことに起因するようです。

自分に正直に生きたいという願い、また、そうやすやすと生きられない現実での挫折感には、どこか普遍性があるのだと思います。ぼくは、その挫折感を宗教的な変性バージョンで味わいました。

ふつうではない経験ではありますが、最後の最後に「おのれ自身に忠実であれ」という道を選び、その第一歩を転職からはじめたのです。「恩返しさせてください。親戚に相談してみます」という言葉から1カ月。突然、人事の方から電話がかかってきました。

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「弊社にて、ぜひ面接をさせてください」

ぼくは、跳び上がって喜びました。気持ちも引きしまりました。