妄想性障害は統合失調症に類似

さらに通院を続けることによって、彼女のストーカーはほとんど姿を現さなくなった。ただ夫との関係は冷え込んだままで、以前のように激しく興奮したり怒ったりすることは少なくなったものの、家庭の中で孤立し不安感に襲われることがたびたびだった。

橋本さんにおける主な症状は、被害妄想である。「嫌がらせをされている」「後をつけられている」「常に監視されている」などがその内容であるが、本人は実体のあるものと信じこんでいた。これがエスカレートすると、「盗聴器をしかけられている」「監視カメラで見張られている」などの訴えが生じることもある。

こうした中高年で発症する「妄想状態」は過去の時代から報告があり、「パラノイア」「退行期精神病」などの名称で呼ばれていた。現在の米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、「妄想性障害」と呼ばれている。妄想性障害の症状の特徴は統合失調症に類似している。

一方で両者には明確な違いが存在する。統合失調症においては、長い経過の中で、思考のまとまりが悪くなるなどの「陰性症状」や、生活がだらしなく日常生活に支障をきたす「人格水準の低下」がみられ社会適応が不良となる。一方で妄想性障害においては、妄想が存在する以外は発病前と変化がないことが多い。

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恋愛妄想に取りつかれた60代女性

次に紹介するのは、恋愛妄想を主な症状とするケースである。川口敬子さん(仮名)は、一見したところ物静かな60代前半の女性である。彼女は地方都市の育ちだったが、父親が会社を経営していて経済的には不自由ない毎日を送っていた。

大学進学時に上京し、ある有名私立大学の英文科を卒業、その後は一流企業に就職して、契約関係の英文を翻訳して各部署に回す仕事を担当していた。26歳で社内恋愛の末に結婚して専業主婦となり、2子をもうけている。ここまでは、派手さはないが順調な人生だった。

ところが40代半ばになり、川口さんの人生は暗転した。夫が仕事ばかりで家庭をかえりみなかったために、夫婦間のいさかいがひんぱんになった。その結果、ついに夫が一方的に家を出ていき別居となってしまう。子供と家に残された彼女は、持ち前の英語力を生かして、通訳として働き始めた。