肝動脈が詰まって肝細胞がんが小さくなった可能性
自然退縮には、免疫以外の関与もあるようです。私自身は自然退縮した患者さんを診た経験がありませんが、同僚が肝細胞がんの自然退縮の症例報告をしていました。何が自然退縮のきっかけだったのかはわかりませんが、少なくともその症例では特別な食事法や代替医療や感染症やワクチンとの関連はなかったそうです。経過中に発熱はありましたが、自然退縮の前に感染が起きたというより、悪性腫瘍が壊死したことによって起こった発熱であると考えられました。
仮説はこうです。がん細胞は生きているので、酸素や栄養を必要とします。肝細胞がんに酸素や栄養を運んでいるのは肝動脈ですが、動脈硬化や血栓などで自然に動脈が詰まることがあります。この患者さんの場合は、肝動脈がたまたま詰まって肝細胞がんが壊死し、運よく自然退縮したのかもしれません。
心臓の動脈が詰まれば心筋梗塞、脳の動脈が詰まれば脳梗塞と、動脈が詰まると致命的な症状が出ることもありますが、肝臓の正常な組織は肝動脈以外に門脈という血管からも酸素や栄養を受けているため、肝動脈が詰まっても大丈夫なのです。肝細胞がんは動脈だけから酸素や栄養を受けている一方、正常な肝組織は門脈からも酸素や栄養を受けている性質を利用して、カテーテルを通じて肝細胞がんに酸素を運ぶ血管を閉塞させる腫瘍塞栓術は標準治療になっています。
自然退縮に賭けるのではなく治療を受けるべき
がんが「劇的に寛解した症例」には、「抜本的に食事を変える」「治療法は自分で決める」などの共通点があったと主張する本もありますが、医学論文にはなっておらず、どのくらい信憑性があるかはわかりません。少なくとも医学論文を参照した範囲内では、自然退縮した症例に明らかな共通点は知られていません。
自然退縮が起きる確率は非常に低いため、標準医療を行わず自然退縮だけに期待することは決しておすすめしません。意図的に自然退縮を起こすのは、あまりにも難しいことです。というよりも、意図的に自然退縮を起こすことができれば、それは必ず標準治療になります。また、がんの標準医療を受けた後に、がんが小さくなったり治ったりした場合は自然退縮ではなく治療効果でしょう。
しかし、見方を変えると、がんの標準治療を受けている患者さんたちの中にも一定の割合で自然退縮は起きているけれども、治療効果であると誤認されているのかもしれません。治療を受けるか、それとも自然退縮に賭けるかの二者択一ではなく、標準治療を受けた上で、自然退縮にも期待するというのが、賢い選択だと私は思います。つらいがん治療を乗り越えるためには、希望を持つことも大切なことです。