「がんになったら砂糖はとるな」「がんには生野菜ジュースが効く」など、がんには食事療法がいいといわれがちだ。内科医の名取宏さんは「どの食事法にも根拠はなく、むしろ不要な食事制限は害を招きます」という――。
病院のベッドに寝ている男性患者
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食事法の内容が多様なのは根拠がないから

以前から「がんが治る」「がんが消える」「がんが劇的に寛解する」などと称する食事法が広く流布されていて、今も大人気です。しかし残念ながら現時点で、がんが治ることが臨床試験で証明された食事法は存在しません。そのような食事法があるなら、とっくに多くの病院で提供されています。

がんが治ると称する食事法はさまざまです。「糖質はがんのエサになるからダメ」とする食事法があれば、「糖質の多い玄米が一番」という食事法もあります。「ヨーグルトは腸内環境を改善して免疫力を上げる」という食事法があるかと思えば「乳製品をはじめとした動物性たんぱく質を避けるべき」という食事法も。「できる限りの減塩を」という食事法があれば、「ミネラル豊富な天然塩をたくさんとるべき」という食事法もあります。このように内容がバラバラなのは、証拠に基づかない個人の思い付きに過ぎないからです。

「臨床試験で証明されていなくても、がんが治った事例があるなら、試す価値がある」と考える方もいるでしょう。しかし、がんが消えると称する食事法の体験談を読んでみると、「食事法が効いた」とはいえないものばかりです。よくある「食事法が効いた」という体験談は、標準医療との併用の結果です。抗がん剤投与と同時期に食事法を行い、がんが縮小したり、腫瘍マーカーが減ったりしたとしたら、必ずしも食事法のおかげとはいえません。

劇的な改善の「体験談」は不自然な点だらけ

なかには、標準医療では説明しがたいような劇的な改善が起きたとする体験談もあります。しかし、医師から見ると不自然な点が目につきます。たとえば、ある食事法の本には「余命3カ月の進行の早いスキルス性肝臓がんと宣告され、大学病院の医師から勧められた手術と抗がん剤治療を断り、別の医師から独自の食事法などの指導を受けたところ完治した」という体験談が書かれていました。

一般的に、余命3カ月の肝臓がんに対して手術はしません。また、スキルス性肝臓がんはかなりめずらしい病気ですが、必ずしも普通の肝臓がんと比べて予後は悪くありません(※1)。確定診断に必要な生検についての言及はなく、詳しい経過を検証できる医学的データも示されていないので推測でしかありませんが、「肝炎症性偽腫瘍」などの良性疾患だった可能性が高いと思われます。

患者さんの闘病記であれば仕方のないことですが、医師が「がんが治る」と称する食事法や民間療法について本を書いているにもかかわらずデータの提示が不十分なのは問題です。学会で症例報告として発表するのなら、最低でもリンパ節転移や多臓器転移の有無を含めて進行度分類(ステージ)、病理組織・画像所見、既往歴、家族歴、生活歴、現病歴などの情報が必要でしょう。一般書に書くだけでなく、症例報告やケースシリーズとして情報を共有してくだされば医学の進歩に役立つはずなのですが、なぜしないのでしょうか。私は「できない」のだと思います。

※1 Specific characteristics of scirrhous hepatocellular carcinoma. Hepatogastroenterology. 2009 Jul-Aug;56(93):1086-9.