他の持病の食事療法も病状や価値観を考慮すべき
このような例は多々あり、家族に見つかると叱られるので隠れて好物を食べている、という闘病記も読んだことがあります。こんなに悲しいことがあるでしょうか。罪悪感を抱えながら一人で食べるのではおいしさも半減するかもしれません。ご家族が悪いわけではありません。患者さんに治ってほしくて必死なのです。悪いのは、根拠のない情報を流している人たちです。
がんを治す食事法はありませんが、一般的にがんの患者さんに勧められている食事法ならあります。基本はバランスのよい食事ですが、治療の副作用やがんの症状で食欲が落ちているときは、食べられるものを無理のない範囲で食べるといいでしょう。がんの治療を続けるには体力があったほうがいいからです。いずれにせよ、大事なのは「無理のない範囲」です。「無理に食べなければならない」となると、害のほうが大きくなります。症状別の対策は、がん情報サービスの「がんと食事」が参考になります(※2)。
当然、がん以外にも、糖尿病や肥満や腎臓病などの持病がある場合には、それぞれの病気の食事療法を続けるべきとされています。ですが、これらの食事療法にも生活の質を落とすなどの害はあります。がんを治す食事法と違って利益もありますが、利益と害のバランスを考えなければなりません。とくに予後が限られている患者さんにおいて、食事の制限は利益よりも害が大きくなりうると思います。たとえば予後が1カ月の終末期の患者さんに糖尿病があるからと甘いものを制限する意義があるでしょうか。一律に食事療法を守るのではなく、病状や個人の価値観に応じて制限を緩めるという選択肢もあります。
※2 がんと食事:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
変な食事法に惑わされずに好きな料理を楽しんで
身もふたもない言い方になりますが、個人レベルでは食事の影響はたかが知れています。そもそも、薬剤と比べて食事の影響を調べる研究は、大規模・長期間になりがちです。大きな集団を長期間観察しないと利益があるかどうか判別できないほど効果が小さいからです。大規模研究で利益があることが確認できた食事療法でも、個人個人に与える影響は大きくありません。
ご家族ががんになったら、もしも治らないと言われたら、わらにもすがる思いでさまざまな情報を集めてしまうかもしれません。がんが消えると称するレシピもありますし、がんを治すための食事法を指導する自費診療クリニックもあります。でも、がんを治すという食事法は「わら」に過ぎません。利益はなく害だけをもたらします。
食事は個人の好みが大きいもの。もしも私や、私の家族ががんになったとしたら、がんを治す食事法を探し求めるのではなく、少しでもおいしく食事を楽しめるように労力をかけます。どんな食べ物が好きで、どんな食べ物が苦手なのか、自分や家族の食の好みを私はよく知っています。みなさんもそうではないでしょうか。家族みんなでおいしい食事を食べることは、他に代えがたい大切なことです。わけのわからない食事法に惑わされず、好きな料理をぜひおいしく味わってください。