「い」と「ゐ」は別の発音だった
分かりやすく説明するために、「犬がいる」という文章を旧仮名遣いの〈ひらがな〉で書いてみたいと思います。
「いぬがゐる」です。
みなさんは、一般的にほとんど1946年4月以降に教育を受けて新仮名遣いで文章を書いていると思います(旧仮名こそ「伝統的」日本語の書き方だからそれを踏襲しているという方もありますし、旧仮名遣いを守っていたほうが、日本語に詳しくなりやすいのは確かですが)。
「いぬ」と「ゐる」、我々現代人は「い」と「ゐ」を同じ発音で混同してしまいます。
ところが、13世紀の半ば、モンゴル軍が日本に襲来する1274年(文永の役)頃までは「い」と「ゐ」は区別して発音されていたのです。〈カタカナ〉でその違いを記しておきましょう。
「イヌ が ウィる」です。
江戸時代の国学者・本居宣長も「イヌ が イる」と発音していますが、ただ「伝統的」学習で「いぬがゐる」と書いているだけです。13世紀半ばに両者の発音が同じになったということも知りません。
紫式部が「イヌがイる」と聞いたら…
もし、「イヌがイる」という発音を紫式部が聞いたら、「犬が(そこに)いる」という意味ではなく、「犬が(どこかに)入る」という意味だと思ったに違いありません。
「居(ゐ)る」と「入(い)る」は、13世紀半ばまでまったく異なる発音で、異なる意味だったから、書き分けられていたのです。
ところが、この後、発音が混同されたにもかかわらず、「犬」は「いぬ」、「居る」は「ゐる」、「入る」は「いる」と書くのだと教えられて、それをあまり疑問にも感じずに踏襲してきたのです。
「入る」は、古語では「い―る」と読みますが、現代語では「はい―る」と読みます。これは「い─る」と読んだら、「居る(be)」なのか「入る(get in)」なのか、区別がつかなくなってしまうからです。