見栄やプライドを捨てて世の中を眺めてみる

子ども返りは、ケアの問題だけではなく、心の解放にもつながります。

少しずつ大人の責務から降りていくことです。見栄やプライドを捨てて世の中を眺めてみると、高齢者の目には新しい世界が広がることもあるようです。

俳句や川柳の世界では高齢者が面白いものをつくります。忙しかったときは空や花をじっくり見る暇もなかったでしょう。

高齢者となって、美しいものは美しいと世界を新鮮に見直してみる。これは子どもに返った精神だからできることです。

いつまでも凝り固まった大人の目しか持てないと、ボケも楽しめなくなります。

先に紹介した映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の続編も上映されているようです。お父さんは98歳になり、お母さんは脳梗塞で入院したそうです。まだ観ていませんが、このおふたりが最後の日々をどう閉じていくか見てみたい気がします。

「ボケたら免許を返納」なんて簡単に言うな

なぜか、高齢者の交通事故はセンセーショナルなニュースになります。そうして、免許の自主返納キャンペーンが繰り広げられます。

実際には、交通事故のもっとも多い世代は24歳までの若い世代です。

高齢者の事故が目立つようになったのは、高齢者が増えたので仕方ないことですが、死亡事故でも、対人事故(人を撥ね殺す事故)は2割弱で、事故の4割は自爆というか、ものにぶつかって自分が亡くなる事故です。

免許を自主返納しても、都会では交通機関が網羅されていて困らないでしょうが、少し地方へ行くと車がないと生活に支障をきたす地域は多いのです。

親とは離れて暮らす子どもたちは、ニュースで高齢者の運転は危ないとすりこまれていきます。帰省すれば「おとうさん、免許は返納しなさい」「買い物はヘルパーさんに頼めばいいでしょう」などと言います。

ヘルパーさんと簡単に言いますが、まだまだ歩ける人は要支援にもならないかもしれません。自治体の独自サービスも限りがあります。地域のサービスに頼りきれないところがあるのが実情です。

車を取り上げられれば、買い物にも病院へも行けない。ゴミ出しにもサークルにも行けない。バスは廃止されているか、あっても日に2本。値段も高い。

写真=iStock.com/GCShutter
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まだ車の運転能力があるのに、一部の都会で事故を起こした高齢者のために、地方の高齢者の車を取り上げるのは憤慨していいことだと思います。