自分に固執しているのは、不安の表れ

よく、地位の高い人が認知症になりやすく、農家の人や職人さんは認知症になりにくいなどといわれます。はっきりした統計はないのですが、これまで診てきた方を見ると、そういう傾向があるかもしれません。

地位の高い人のほうが定年後仕事を続けることが少なく、農家や職人の人は続けることが多いということが背景にあるのでしょうが、認知症になってからの進み方にも差があるようです。

威張る高齢者を見ると「おだやかにボケられない人は不幸」だと思います。こういう方は、自分の「老い」に目を背け、昔の自分を保とうとしているのですね。

そんなに自分に固執しているのは、不安の表れなのだと思います。不安だから虚勢をはっています。不安は脳の害悪です。

デイサービスへ行っても、「こんなことくだらん」と怒っている方がときどきいます。職員は気をつかってくれますが、利用者さんは誰も近寄りません。

あるデイサービスで、表具屋さんをしていた、手先が器用で折り紙や切り絵が上手な男性がいました。まわりの女性たちから大人気です。

その脇で、もと役所勤めのお偉いさんをしていた方はさびしくしていたとか。何も特技がなければせめてボケてみて、まわりの人と笑って話すというのが、脳の健康のためにはいいのです。

それでもデイサービスに行ってくれるだけましで、もともと地位の高かった人は、「あんなボケた人の行くところなど行けるか」などと言ってデイサービスに行きたがりません。

しかし、そういう生活を送るとよけいに認知症が進んでしまうのです。

高齢者になったら、上手にボケるということも大事にしていきたいものです。

認知症になっても自分たちで暮らす人たち

ボケる話を書いていたら、ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』を思い出しました。

ディレクターの信友直子さんがご両親の老老介護を記録した映画です。87歳の母が認知症になり、95歳の父が介護する。娘の直子さんは東京に住み働き、両親は広島に住んでいます。

この両親が実にいいのです。何より笑顔がいい。お母様は、きちんとした主婦であっただろうと思います。お父様はなかなかのインテリです。

写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです

ふたりが日々の生活をヘルパーさんの助けも借りながら紡いでいく。その中には、「なんでこうなるの」とふてくされる認知症の母や、がまんする父の姿も描かれている。

でも、どこかで「ぼけますから、よろしく」というユーモアのある夫婦の姿を見ると、こういう感じでお互い支え合って暮らしている人も多いのだろうと思います。

なかなか、こういう普通の生活を私たちは見ることがないので、ヒット作品になったのだと思っています。認知症といえば悲惨な家族介護というイメージがありますが、いろいろな助けを借りながら、自分たちらしく暮らしている方も多くいます。