地域病院と医師の生活は規制を課すことで回らなくなる

ここまでお話ししたのは、個々の施設が抱える問題についてでした。

しかし、医師の労務管理問題の背景には、実はもっと根深い問題があります。これは医療業界の特殊性と言えるかもしれませんが、労働時間と自己研鑽時間の区別がつきにくいこと、副業や兼業を行う医師も多いことが挙げられます。

数年前、大学病院で、一部の医師に全く給与が支払われていない、または不当な低賃金しか支払われていなかった、という「無給医」問題が大きく報道され話題となりました。「専門医なのに時給1000円で診療にあたっている」「アルバイトをしなければ暮らしていけない」などセンセーショナルに報じられました。

地域の病院では、夜間の当直などの急な呼び出しを、大学病院からの医師派遣に頼っている施設も数多く存在します。筆者の経営するクリニックでも、普段は大学病院やがんセンターなどに所属する経験豊富な内視鏡医に非常勤のアルバイトとして勤務してもらっています。

つまりこうした副業・兼業が、低賃金で働く医師たちの受け皿となっている側面があるのです。

もし、大学病院などの「出稼ぎ医師」を多く擁する病院に時間外労働規制をそのまま適用してしまうと、そこでの勤務だけで上限に達してしまい、外でのアルバイトが実質不可能となる医師が続出します。そうなると、医師は生活に困窮し、医師派遣に依存した地域の病院でも診療体制が維持できない、といった事態になりうるのです。

「研鑽」という名の雑用・下働きがなくならない

さらに、勤務医の業務には無駄が多いことが挙げられます。

意外と知られていないことですが、勤務医の業務は患者の診療だけではありません。入院の説明や病状説明、治療の説明や同意書の取得、診断書の作成などの書類仕事なども全て行わなければなりません。加えて、大学病院などの若手医師たちは、検査や手術の準備、研究や診療のための検体や標本の整理、カンファレンスの資料作成など「研鑽」という名の下で、雑用や下働きも数多くこなさなければならないのです。

日本では医師不足を解消するため、全国で医学部新設、医学部定員の引き上げなどがすすめられています。しかし、業務を効率化しないまま人手を増やしても、問題は解決しないでしょう。

医療スタッフを増やし、入院の説明や同意書の取得、書類作成など、医師でなくても対応可能な業務の適切な役割分担の見直しを行い、負担を軽減することで、医療行為に専念できるようになり、患者に対して最善な医療サービスの提供が可能になるのではないでしょうか。

そうすれば、現在の医師数で十分な環境が整い、若手医師にも医療行為の経験を積ませることができるのです。

「低賃金でよく働く医師たち」によって支えられてきた日本の医療ですが、これからは変わらざるを得ない転換期に来ているのだと思います。