恥を捨てて仲間を頼って再就職にこぎつける

では、厳しい状況を承知しながらも、今なぜ再就職活動を行っているのか。

「自分でもよくわからないのですが……働かずに家の中でゴロゴロしてるのは、家内と、社会人になって同居している娘たちの手前、気が引けるからですかね。それに何より、近所の人たちがどう思うか気になって、昼間、外出もしづらい状況ですし……。

奥田祥子『男が心配』(PHP新書)

特に最近は、世の中が、男は定年を迎えても働き続けるもの、という見方をしているのを強く感じていて、プレッシャーでもあるんです。近所の奥さん連中からも、『あそこのお宅のご主人、働いていないみたいよ』などと陰口を叩かれているように思えてきて……。要は、何のために自分が働こうとしているのか、目的・動機が見つからず、わからなくなっていること自体が問題で、だから職を求めて数カ月経っても再就職先が見つからないのだと自覚しているんですが……」

このインタビューから半年余り経った22年春、松本さんから、税理士事務所で契約社員として1カ月前から働き始めたと連絡があった。

「前回、求職活動の理由を聞かれて、わからない、と答えながら、これじゃダメだと気づいたんです。近所の手前とかではなくて、会社員時代の経験を生かして少しでも前向きに働けないかと。それで思い切って、恥も外聞もなく、自分を使ってくれとかつての仕事仲間など知り合い何人かにお願いして、運よく今の事務所で働けるようになりました」

同世代の再就職先の社長や妻の支えがあって前向きになれた

「それまでの再就職活動から好転したきっかけは、何だったのでしょうか?」

「社長さんが同年代で、在職中に資格を取得して定年後に事務所を興したこともあって、互いに共感し合える部分も多く、私の境遇を理解してくれたことが大きかったと思います。私自身も働くモチベーションにつながっています。それから、妻がどんなときも私の味方になって、応援し続けてくれたことも忘れてはいけませんね。

やはり自分は少しでも誰かのためになっていると感じられる仕事をしているのが一番気が楽で、周りの目を気にせず生きていけるのだとわかりました。まだこれからのことは決めていませんが、年齢を重ねると体力的に不安に感じることも増えてきますし、無理せず、必要としてくれる間は働き続けられればと考えています」

最初のインタビューから苦悩を聞くことが多かったのだが、この時の松本さんは控えめながらも、微笑みを浮かべるなど明るい表情を見せてくれた。過去のつらい出来事を乗り越え、少しずつ前を向いて歩み始めている様子がひしひしと伝わってきた。