かつての部下に顎で使われ心が折れてしまう

会社員として最も長い時間を費やし、部長も務めた経営企画部内の課に配属となったものの、定年後の継続雇用の実態は思い描いたようなものではなかった。

「自分が定年まで蓄えてきた経験、能力は貴重なものだし、定年後も生かせると信じていたのですが、実際には補佐的な単純作業しか任せてもらえません。つまり……私はもう必要ないということなんですよ。それに……かつていろいろと教えてやった部下にあごで使われるのは、とてもつらいもんです。役員になれず、役職延長もなかった時は腹立たしい気持ちでいっぱいでしたが、今はそうした怒る気力さえありません」

定年後の継続雇用で勤め始めてしばらくして、そう心情を漏らし、その後自分から希望して、1年ごとの契約を1度更新しただけで再雇用を2年で終了することにした。定年退職を迎えるまでは優先順位の高かった待遇面は度外視してでも、自分の持てる力を発揮して「役に立つ」ことで、定年後も働き続けるモチベーションを維持しようと、努めて前向きに考えていた松本さんにとって、再雇用の現実は、相当、耐え難いものだったようだ。

そうして、自ら「暴走」と称した状態が惨事につながってしまうのだ。経営コンサルタントとして起業することに再起を懸け、さらなる情報収集とともに、人脈づくりのためにさまざまなセミナー、勉強会に参加するようになった。

投資詐欺で約300万円をだまし取られてしまう

ある起業セミナーで知り合った男性から未公開株購入の投資話を持ち掛けられ、約300万円をだまし取られたのだという。弁護士に回収を依頼して一部は戻ってきたが、経済的にも、精神的にも、大きな痛手となった。

カンファレンススピーカーイベントのプレゼンターと聴衆
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パニック障害の発作から1年半が過ぎたあたりから、松本さんが求職活動を始めていたことを知るのは、19年のインタビューから2年近く経た21年夏のことだった。実はこの間、何度か取材を申し込んだのだが、「これからどうするかまだ決まっていないので、話せることは何もない」などと断られ続けていた。21年の取材で、65歳になった松本さんは、定年後の仕事をめぐる問題を振り返り、こうもどかしい心境を語ってくれた。

「70歳まで働ける時代になっても、会社の中でも外でも、定年後の仕事は非常に難しいことを、いろいろと経験してきて今、改めて実感しています。長年忠誠を誓って勤めてきましたが、会社にとっては“お荷物”なんじゃないでしょうか。法律で義務付けられているから仕方ないが、生産性向上が叫ばれている時になんで継続雇用しなければならないのか、と困惑しているのが実情でしょう。『生涯現役』で頑張る男の人生はすばらしい、と信じて定年後も働き続けることにしたのに……まるで、梯子はしごを外されたようです」