物忘れが増えた人の脳は海馬より前頭葉が萎縮している

感情が比較的早い時点から老化するのは、医学的な傍証もある。

以前、私が老人専門の総合病院に勤務していたころ、CTやMRIで撮影した脳の写真を、毎日のように見ていた。物忘れがひどくなった人の脳、徘徊はいかいする老人の脳、意欲を失ってしまった人の脳など、画像から病変を調べるためだ。多いときは年間に800枚くらい見ていた。いまも年間100枚ぐらい見ている。

こうした写真で見ると、高齢者の脳は多かれ少なかれ縮んでいるのである。歳を取って縮んでいくのは自然なことらしい。数多く見ているうちに、萎縮の度合いから一目見て年齢の想像がつくようになり、「年齢のわりに萎縮が進んでいる」「縮んでいなくて脳が若い」などという感覚も持てるようになった。

脳全体の縮み方には医学的なデータがあって、一律に同じ割合で縮むのではないことがわかっている。また記憶を司るのは海馬という部分だが、物忘れがひどくなった人の海馬を注意して見ても、必ずしも萎縮しているわけではない。

ただ、早くから縮む部位がある。それが脳の前方の部分、前頭葉だ。

前頭葉の機能には未知の部分が多いけれども、意欲や創造性を担っていると考えられている。前頭葉に脳腫瘍や脳梗塞が発生したり、事故などで損傷した場合、意欲が失われたり、感情や思考の切り替えができなくなってしまう。ものごとの段取りを考えるとか、創造性も欠如するようになる。

前頭葉が老化すると、意欲を持ってものごとに取り組んだり、自分で考えをまとめたりすることが苦手になってくるといった変化が現れる。

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老化防止には前頭葉を刺激することが重要

側頭葉なら左側は言語の記憶や理解に関係していて、この部分が脳梗塞になると、人の話がまったく理解できなくなる感覚性失語と言われる症状が現れるが、前頭葉の場合、知能はとくに変化せず、驚き・怒り・悲しみ・喜びといった感情に変化が目立つのだ。

すなわち前頭葉が衰えると、老け込んだ人間になりやすい。脳の中ではまず前頭葉の老化予防が大事だと判明してきている。

「脳トレ」で一躍有名になった、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授は、前頭葉の血流を増やすために単純な計算や音読を勧めている。彼は、読み・書き・計算を毎日反復練習する「学習療法」を提唱している。前頭葉が刺激され、記憶力を鍛える練習はしなくても、物忘れが改善されたりするという。

一般論から言うと、老化の予防とは前述のようにその部位を使うことだ。50の声を聞いて、足腰が以前より弱ってきたなと思ったら歩かないといけないとか、パソコンでばかり仕事をしていて漢字を忘れたなと思ったら、ときには手書きで文字を書いてみる。何と言っても「使うこと」が、もっともシンプルな老化予防作業だ。