「夜明けは近い」

コロナ禍の発生から22年3月末の社長退任まで、片野坂は計15回にわたって社員にメッセージを発信し続けた。

当初は、底がうかがい知れない危機を前に立ちすくむ従業員たちに可能性としての展望を示しつつ、その裏で、大幅なコスト削減や資金調達に動いた。楽観と悲観を同居させる、経営という営為の難しさを感じながら、片野坂をはじめとする経営陣はもがき続けた。

「行動を変えることによって会社が変わる。会社が変わることによって業績が良くなれば、社員にとってのモチベーションにつながる」。そんな考えで平子も月1回、社員にメッセージを発信し続けた。「寄り添うだけではだめ。行動を変えてもらわないといけなかった」とその発信の難しさを振り返る。

コロナ禍が想像以上に長期化の様相を呈し始めた21年度には、片野坂は社員をとにかく励ますことを意識したという。例えば22年の初頭に出したメッセージでは「夜明けは近い」という言葉を使い、その次の発信でも同様の表現を使った。

「いつ明ける、とは言っていないから。ウソではないでしょう」。片野坂はこう冗談交じりに振り返るが、ある種、社員の「緩み」にもつながりかねない希望を持たせる言葉をかけてきた。その背景には、コスト削減の進捗が著しく、進むべき方向性は間違っていないとの確信があったのだろう。

高尾泰朗『ANA苦闘の1000日』(日経BP)

片野坂たち旧経営陣が尽力した「生き残るための肉体改造」。そこに区切りがついた今、芝田たち新経営陣に求められるのは「成長するための肉体改造」だ。

これまで何度も指摘されてきた「航空一本足」。航空事業が中核なのは今後も変わらないが、旅客を運ぶ事業の規模がコロナ禍前の水準に戻るまでにはまだまだ時間がかかる。

ANAブランドの航空便だけでなく、ありとあらゆる手段で事業を成長させるにはどうしたらいいか。次のフェーズに入ったANAHDの改革を見ていきたい。

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