ECサイトで1年に125万食を売り上げる

20年夏ごろにはANACを含むグループ各社は「外貨」、すなわちグループ外からの収入を得られる事業の立ち上げを指示された。ANACの取引先の経営体力を維持するため、機内食を一定程度作り続ける必要もある。外販に向けた準備が一気に進み始めた。

ANACにとって大規模な外販は初の経験になる。グループ社員向けの販売を試験の場と考えて、何個単位で販売すればよいのか、どうすれば衛生面を担保しながら配送できるのか、といった課題を潰していった。

こうして20年12月、ANACはグループの全日空商事が運営するECサイトや「楽天市場」上で、国際線エコノミークラスで提供される食事のメインディッシュの発売にこぎ着けた。価格は12食入りで9000円(税・送料込み)。「牛肉の香ばしい香りがたまらない」「テレワーク中のランチにちょうどよさそう」。SNS上にはこんな声があふれ、一部は発売後すぐに売り切れる人気になった。発売から1年間で125万食を売り上げ、ビジネスクラスの機内食の販売につなげた。

事業多角化に「ANAブランド」を活用

機内食の人気を受け、ANAC内では様々なアイデアが出始めた。

21年には「ANA機内食ごっこセット」の販売を開始。機内食の販売を始めたとき、SNS上では機内での提供スタイルをまねて撮った写真の投稿が相次いだのだ。そこで、エコノミークラスの食事に、機内で提供する際に使う食器などを組み合わせたセットを発売した(現在は売り切れで購入できない)。

食器を組み合わせた「ANA機内食ごっこセット」
写真提供=ANAHD
食器を組み合わせた「ANA機内食ごっこセット」

20年のクリスマスの時期には、従来、取引先などへの贈答品として製造してきたドイツの菓子パン「シュトーレン」を羽田空港の売店で販売した。「ラウンジで試食をしてもらい、ラウンジから搭乗口への動線上にある売店で販売するなど工夫のしがいがあった」と中村は話す。ANA向け機内食の製造に追われていたコロナ禍前には考えもしないことだった。

食品と並行して、ビジネス・ファーストクラスの機内食提供時に使用する食器などの販売も始めている。ANAは20年3月の羽田空港の発着枠拡大に合わせて国際線の事業規模を大幅に広げる計画だったため、食器類もその分多く発注していた。国際線の正常化が遅れる中、在庫として抱えておくコストを軽減しようと決断した。

エコノミークラスの機内食が100万食売れても、売り上げは10億円にも満たない。19年度に300億円弱だったANACの売上高からすればまだまだ小さい。ANAHD全体で考えればなおさらであり、事業拡大への努力は不可欠だ。ただ、航空一本足の事業構造からの脱却を目指すANAHDにとって、航空事業のブランド力やサービス力を生かした商品が競争力を持つというヒントになった。