「特別感を損なう」機内食の外販に消極的だったANA

「『ANAの機内食』というブランドをこれまで生かせていなかった」。

20年冬、こう話していたのはANAC外販事業部企画営業課課長(現・外販事業部長)の中村昌広だ。

売り上げの大半をANAの機内食の製造で稼ぐANAC。食品メーカーから転職してきた中村に与えられたミッションは、食品の外販事業を本格的に立ち上げ、ANACの収益源を多様化させることだった。コロナ禍前の19年11月には外販のブランドも立ち上げていた。

とはいえ、機内食を仕入れる側のANAは当初、ANACの外販事業に全面的な賛同はできなかった。ANAブランドで食品事業を大きく展開するのなら、機内食の「特別感」を失うような商品になってしまっては困る。その上、外販事業で衛生面の問題などが発生すればANAブランドにも傷が付くし、仮に機内食と同じ製造ラインで問題が起きれば本業にも影響が出る。そんな恐れがあった。

ANAのサービス面を統括するCX推進室の商品企画部サービス推進チームでリーダーを務める西仲基起は「『機内食の特別感を守らなければならない』という固定観念があった」と話す。ANACは機内食自体の販売になかなか踏み出せなかった。

コロナ禍で大量の発注済の食材が余った

そんな中、20年に入るとコロナ禍が本格化する。

20年1月の中国・武漢便を皮切りに2月には中韓路線、3月にはアジア・欧米路線へと運休が拡大。4月以降は旅客数が前年比数%という状態が続いた。

通常時、日本発の国際線エコノミークラスの延べ乗客数は月30万人ほど。機内食はおおむね3カ月に一度、一部は毎月内容を変えている。この想定の下、実際に提供を始める1年前からメニューを開発し始め、4カ月ほど前に確定。取引業者などへの発注を始める。

コロナ禍で発注済みの大量の食材が余る事態になった。

空港ラウンジで提供したり、社員向けの夜食として使ったりするものの、到底消費しきれない。そこで出たアイデアが、グループ内サイトで社員向けに機内食を販売することだった。さっそく始めてみると、親族に送るために大量に購入する社員が現れた。

機内食は客室乗務員がわずかな作業で提供できるよう1個の容器に様々な料理を詰めながら、おいしさも保てるように工夫している。機上での保管スペース削減のために小さなパッケージにぎっしり詰めており、家庭用の冷凍庫でも保存しやすい。共働きの社員からの評判も高い。外部への販売はビジネスになるかもしれない──。

わずかな光が見えた。