ぼろぼろになって働き、ようやく自由を得たと思ったら人生の終点
パウリーヌスのように、食糧長官といった立派な職や地位についていたわけではないけれど、会社生活の大半をひたすら他人のために尽くしてきた私たちだから、一つ一つ骨身に染みてこたえる。けれど、だからといってほかにどうできたというのか。
私の場合は、60歳定年で自動的に職務からは解放されたが、現在では一般に65歳になっても、70歳になっても、働かざるをえないし、働かされるのが実情で、仕事があるので恵まれているどころの話ではない。ぼろぼろになるまでこき使われ、ようやく自由になると、目の前は終点である。つまり、自分からいよいよ人生を短くしているだけのことなのだ。
結論部でセネカが後輩のパウリーヌスに対し、すぐにも職を辞して、自然や無限の神秘についての研究に入ることをすすめているのは、ストア派哲学の泰斗でもあった彼ならでは。この派の代表には奴隷出身の解放自由民エピクテトス、陣中で『自省録』を著わしたローマ皇帝のマルクス・アウレリウスらがいて、全盛期を迎えようとしていた。
もう一方のエピクロス派の実践が、人生の「快」を追求する快楽主義だったのに対して、ストア派は普遍妥当な理性を堅持する禁欲主義を唱道した。この派は学祖ゼノンにならって、自殺を人間として己を克服する、あるべき選択の一つとして認めており、セネカの場合もそれに従ったものとみえる。同時代、ローマには民衆のあいだにキリスト教が広まり始めていた。こちらは断じて自殺を許さないから、相違が際立つ。
『立ち止まってじっくり自分との時間を過ごす』
ちなみに、このセネカは『生の短さについて』以外の著作でも、老年や死についてさまざまな箴言を残しているが、ルーキーリウスへ宛てた『倫理書簡集』の冒頭近くでは、「一時間たりとも無駄に費やさぬこと」と書いたそのすぐあとで、多読の害を戒めてこう忠告している。
私たちも、この忠告を忘れないでおこう。