「ロシアとつながりのある人間」を組織から排除してきたが…

保安局はソ連時代にはKGBでした。1991年12月にウクライナがソ連から独立した後も、インテリジェンス機関や検察にはソ連時代からの職員が勤務していました。

2013年に親ロシアのヤヌコビッチ大統領がロシアからの強い圧力を受けて、EUとの連合協定締結の署名を取りやめたことを発端に、反政府デモが盛んになり、2014年に追放されると(マイダン革命)、反ロ親米政権が発足し、ウクライナは、保安局、軍、検察で「非ロシア化」を徹底しようとしました。特に保安局の幹部職員をアメリカやイギリスでインテリジェンスの訓練を受けた人たちに入れ替えてきました。

そのため、ロシアと協力する保安局員や検察官が大量に出てきたことはゼレンスキー大統領にとって想定外の事態だったと思います。

しかし、実際はロシアとつながりのある人間を完全に排除していたわけではありません。

ウクライナ当局が7月16日に反逆罪などで拘束した連邦保安局クリミア支局長のオレグ・クリニッチ氏は1989年から1994年まで、ロシア連邦保安庁(FSB)アカデミーで学び、ロシアの防諜機関で勤務。1996年からはロシア連邦議会の国家院(下院)で勤務した経歴の持ち主です。そんなクリニッチ氏が2020年からウクライナ保安局で働き始めたわけです。

写真=iStock.com/Pavliha
旧ソ連の情報機関、KGB(国家保安委員会)の本部として使われたビル。現在は後継組織のロシア連邦保安庁(FSB)本部庁舎となっている。

ゼレンスキー大統領は、ロシアの侵攻当初にクリニッチ氏を解任していますが、保安局の幹部の半数は同様の非難を受けるような経歴を持っているとされます。

「解任された2人は国民の不満のはけ口にされた」

そのような状況の中で、ロシアのインテリジェンス機関は、ゼレンスキー大統領が疑心暗鬼に陥るような情報を巧みに流す心理戦を行っているのだと思います。秘密警察と検察といえば最も秩序が守られるべき部門なのに、そこさえ国家として抑えきれないのが、現在のゼレンスキー政権なのです。しかし秘密警察と検察を信用できなくなったら、国のトップは誰を信用すればいいのでしょうか。

この解任人事に、ロシアは即座に反応しました。同じ18日の夜9時、政府系テレビ「第一チャンネル」のニュース番組「ブレーミャ(時代)」が取り上げています。

アナウンサーが「2人の側近を解任したゼレンスキーの真意を探ってみましょう」と言い、現地ウクライナからのリポートも交えた内容でした。この番組の見立てを要約すれば、次の通りになります。

――ゼレンスキー大統領は「西側諸国の支援を受けているので、ウクライナの勝利は近い」と言っているが、前線の状況は真逆である。国内外に向けて勝てない釈明を余儀なくされた大統領は、身辺にいる裏切り者のせいにしている。解任された2人は、国民の不満のはけ口として、スケープゴートにされたのだ――。