密着ドキュメンタリーの販売結果は?

こうして『富野由悠季から君へ』は限定生産の全数を数日で売り切りました。販売用ドキュメンタリーとしては異例の結果です。この成功体験は大きなもので、関わった全員が各自の持ち場で次のステップに進むことができました。

自分たちの意思で最終判断しなければならない状況で、不安と戦いながら何かを決めた経験は血肉となって残ります。「好きなように作る」とは責任とプレッシャーが伴うことを知りました。私たちはこの状況を作ってくれた富野監督に自然と感謝の気持ちを抱くようになり、より良いアウトプットを心がけるようになっています。

このことを富野監督側から見ると、どうでしょう。富野監督は自分が事細かに指示を出さずとも、優れたドキュメンタリー映像を作れるチームを得たことになります。

熱気に満ちた会議の空気が作られる仕組み

駆け出しの私に「対等」という言葉を用いたように、富野監督は目下の相手の立場へ要所要所で降りていくことでモチベーションを引き出しています。

このことが大いに発揮されるのが、富野監督が考えたアイデアをスタッフと共有する制作会議です。密着取材をはじめた私が驚いたのは、サンライズ第一スタジオで開かれる会議がとにかく楽しいことでした。富野監督が出席する会議では、重鎮スタッフから20代と思わしき若手スタッフまでが活発に意見を語り合い、エネルギーが満ち満ちています。

これは珍しい光景です。令和の若者は、間違いを強く恐れる傾向があるようです。私の経験でも、会議で若手に意見を求めるだけでは発言を引き出せず、結局、話すのはベテランと中堅ばかりになりがちです。

出席者が発言をためらわない空気はどのように作られているのか?

その秘密が例の自虐トークです。

「昨日からずっと考えてたんだけど、悩みに悩んで答えが出なくて禿げちゃった」
「爺ちゃんもさすがに才能の限界かもしれない」

会議室にひと笑いを起こしてから本題に入ります。

「このキャラクターの魅力をより引き出すには?」
「このワンカットで、絵コンテの意図が伝わっているか?」

当時、富野監督はすでに70代でしたが、まるで友達に相談するように会議を進めていました。

写真=ドキュメンタリー映像『富野由悠季の世界』より
企画展「富野由悠季の世界」@青森県立美術館のビジュアル

富野監督の現場は人を育てる

もちろん、若手が富野監督やベテランスタッフを凌駕するアイデアを出すことはそうそうないのですが、大切なのはチームの雰囲気がトップダウンでなくなることです。この雰囲気が人の力を驚異的に伸ばす光景を、幾度も目撃してきました。

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『Gのレコンギスタ』で初めて富野監督の現場を経験した若手アニメーター黒崎知栄実さんは「提示された絵コンテ通りに描くのが自分の仕事だと思っていたが、富野さんと仕事をするようになって『コンテ以上に少しでもよくしたい』と意識して線を引くようになった」と語っています。その後、黒崎さんはアニメーターを束ねる作画監督を務めるまでになっています。

また、現代を代表するアニメーターの吉田健一さんは、立ち上げから参加した富野監督作品『OVERMANキングゲイナー』の現場で、頼まれてもいないイメージ画を勝手に描いて会議で配っていたそうです。それを見た富野監督は、時に「これは違う!」とダメ出しを与えながらも、吉田さんの自主性を大いに評価し、その実力が花開くきっかけを作りました。