ふだん声が小さい人ほど、ソロキャンプに向いている
——声が小さいのが大前提なんですね。
ソロキャンプに興味がある人間なんて、たいていはそんなもんですよ。僕だって、バラエティ番組でひな壇芸人として出演したときは、収録終わるまで、一言も話せないで終わっていましたから。ふだん声が小さい人ほど、自分勝手になれるソロキャンプに向いている気がします。
さてキャンプ当日。あなたはキャンプ道具一式を用意して、車を持っていないフリスビー男をピックアップしに行きます。案の定、家の前で20分待たされてから、出発することになる。
車内では、彼の好きな、よくわからないアイドルソングを大音量で聞かされます。「俺、BUCK-TICKの新譜聴きたいんだけど……」と思っても、ノリノリになっている彼を前に、あなたはそんなこといえません。
もちろん、高速道路の渋滞に巻き込まれます。そして、助手席のフリスビー男はグーグーと寝始めることでしょう。
知らないアイドルソングをBGMに、渋滞に耐え、予定時間を大幅に超えてやっとキャンプ場に到着する。荷物を降ろして、あなたは皆のためにテントを張る。「運転で疲れたから、ちょっと寝ようかな」と思ったら、次に何が起こると思いますか?
——……フリスビー男からフリスビーに誘われる?
そう! 何が楽しいのかよくわからないフリスビーに付き合わされます。さらに、車内でたっぷり寝ていた彼は、元気ですし、お昼ですから、お腹ペコペコですよ。
「キャンプといったらカレーだよね! カレーはね、水使わずに玉ねぎの水分だけで煮込むのに限るよ」などと彼の発案でカレー作りが始まります。ここは分担作業になりますが、ただでさえ元気だし、キャンプでウキウキしている彼は、焚き火をやりたいに違いありません。
声の小さなあなたは、玉ねぎのみじん切り担当といったところでしょう。で、フリスビー男は、現地合流した他の友達二人と一緒に、焚き火をやり始めますよ。でも、いざやってみると、なかなか難しい。
着火剤をバカみたいに入れたのに結局火がつかないなんてのは、よくある話です。散々いじって飽きた結果、あなたにバトンタッチされます。あなたは今回のキャンプの言い出しっぺ、責任者ですから、最後の尻拭いはあなたの役目なんです。
「この前、バーで会った女と…」そんな話をドヤ顔で提供される
そうこうして、たいして食べたくもない無水カレーを食べたら、今度は焚き火を前に、それぞれの近況報告です。フリスビー男は、結婚したばかりの嫁とのノロケ話を始めることでしょう。
大企業に勤めている別の友人は「今年の夏のボーナスは、80万円しか出なかったんだよね」とどこに不満があるのかわからない愚痴を楽しそうに漏らします。その隣で椅子に深く座っているのは、学生時代からイケメンでモテていた友人ですよ。
そいつは、「この前、バーで会った女と一回ヤったらチンコが痒くてさ」と、まるですべらない話をしているかのごとく、どうでもいい話をドヤ顔で提供してきます。で、この三人は「お前はどうなの?」と、あなたに話を振ることもない。
あなたは笑顔を貼り付けたまま、聞いていることしかできません。仮に話を振られたとしても、手取り18万円で毎日サービス残業して働かされているあなたは困りますよね。
——手取り18万円が前提なんですね。
僕の本を手に取ってくれる心の優しい人間は、その優しさにつけ込まれて、サービス残業とかしがちでしょうからね。
休みの日は、若い女が踊っているインスタ動画を見てモヤモヤし、エロ動画を見てスッキリし、罪悪感に苛まれ、荒んだ心を猫動画で癒やすというマッチポンプをして過ごしているんですから、近況を聞かれたところで、何も答えられませんよ。
そして、夜。今度はボーナス80万円男の提案で、ダッチオーブンを使ったチキンの丸焼きを作ります。焚き火を前に、皆、酒もご飯も進みます。