サラグモ科の小型のクモで頭部が膨らんでいる雄の場合は、分泌物を出すこの膨らみに雌が噛みついて交尾することを先に紹介した。そのような膨らみがなくても、これらのサラグモも、分泌物を出し交尾に至っている可能性がある。

浅間茂『カラー版 クモの世界 糸をあやつる8本脚の狩人』(中公新書)

それらを確かめるには、交尾の際の雌の口器と雄の頭部との接触の確認が必要である。しかし、突起物がなく、噛み続けることがないため、確認は難しい。またフェロモンなどのにおい物質なら直接の接触は必要がない。

それにしてもどうして雌に襲われるような、雄の命をゆだねた態勢での交尾形態が成り立っているのだろうか。クモは肉食で、同種であってもかまわず襲って食べる。それゆえ雌雄一緒に飼育するのは極めて難しい。しかしサラグモ科のナニワナンキングモは違うらしい(4)

雄同士でも牙をかみ合わせる決闘はするものの、食べるには至らなかったという。雌雄の場合は、空腹の雌でも雄を食べず、交尾後も同居生活を続けるという。サラグモには、同種を餌と見なすことに対する拒否的な物質が分泌されている可能性がある。

自分の子孫だけを残す雄クモの戦略

精子を掻き出し、交尾栓を付ける

雄同士の争いに勝ち、雌を獲得し、子孫を残すための工夫には、体の大きさなどの外部形態の変化だけでなく、交尾後の自分の精子の受精の可能性を高める工夫がある。

シオカラトンボ属やミヤマカワトンボ属などの雄のトンボは交尾の際に、雌の受精囊の中にある、すでに交尾していた他の雄の精子をき出してしまう。

ギフチョウ属やウスバシロチョウ属の雄のチョウは交尾後、交尾栓を雌に付けて他の雄と交尾ができないようにしてしまう。同じようなことが次々とクモでも発見され、報告されている。交尾後に雌の生殖器を破壊してしまうクモさえいる。

精子掻き出しと同じような行動については、イエユウレイグモの報告がある(5)。複数回交尾するクモがいるが、イエユウレイグモは雌の70%が2度目の交尾を行う。

1度目の交尾より短時間であるが、雄の交尾器先端のリズミカルな掻き回し行動により、2度目の雄の受精効率が高まるという。この掻き回し行動は精子の掻き出しと思われている。

他の雄の交尾を妨げる交尾栓

雄が雌の外雌器を分泌物でふさぎ、他の雄の交尾を物理的に防ぐ栓を交尾栓という。ササグモでは赤褐色の交尾栓が雌の生殖器の両側に付けられ、交尾口を塞ぐ役割を果たしているという(6)

交尾栓は、他にヤリグモ、シロカネイソウロウグモ、コシロカネグモ、コゲチャオニグモ、クサグモで報告されている。クサグモは外雌器に分泌物で交尾栓をつくるが、その交尾栓が完全な場合は他の雄の交尾を防げるという(7)

コクサグモの交尾栓の有無を確認するために20個体の雌成体を捕らえ、調べたら1個体に交尾栓が付けられていた。