「効力感」が業績・パフォーマンスに強く影響する
ミドル以降のキャリアは、一見安定しているようですが、ポスト・オフや再雇用、独立、早期退職、職域の変更などの大きなターニングポイントはいくつも存在します。
もちろん結婚・子育て・介護といったライフイベントもありますし、急な人事異動や事業の統廃合もありえます。〈変化適応力〉がない状態では、予見しにくいそうした環境変化を乗り切るのは難しくなります(※2)。
近年、会社での人事やマネジメントのあり方について研究する人的資源管理という学術分野で、「心理的資本(Psychological Capital)」という概念が注目され、海外を中心に多くの研究・調査・論文が蓄積されてきています。
日本ではまだあまり耳慣れない概念ですが、近年フレッド・ルーサンスらによる“PSYCHOLOGICAL CAPITAL AND BEYOND”が翻訳出版されました(※3)。
働く人のワーク・エンゲイジメントによい影響を与えるものとして、厚生労働省のレポートでも言及されました(※4)。
この心理的資本の一つとされるものが、「効力感(efficacy)」です。効力感とは、ある対象に対して「できる」「可能だ」と思えている心の持ちようです。
この効力感についても様々な研究があり、そうした多くの実証研究をまとめたメタ分析などから、こうした効力感が個人の仕事における業績・パフォーマンスに強く影響することが明らかになっています(※5)。
中高年が就業期間において貯め込んでおくべきもの
先の〈変化適応力〉とは、この自己に対する効力感、つまり心の資本の一種として位置づけることができます。〈変化適応力〉における変化とは、まだ目に見えない将来における変化のことです。
ゆえに〈変化適応力〉は正確には、そうした変化にも適応していけるだろうという予測に基づいた「自己効力感」だからです(※6)。
〈変化適応力〉とは、これから自分の働き方や仕事に何らかの変化が起きたとしてもなんとかやっていける、前向きに適応することができるとする、ポジティブな心理状態です。
これらの変化は「今」を基準にすればすべて未来の話ですので、実際にそのときにうまくいくかどうかはわかりません。
しかし、何が起ころうとも、こうした自己効力感がない状態では、変化に対して一歩踏み出したり、行動を起こしたり、学びの時間をとるといった意思を持つことは難しいでしょう。
「未来」に対する効力感が、結局「今」の行動やパフォーマンスに影響を与えるということです。
「心理的資本」のコンセプトは、なぜわざわざ「資本」という経済学的な用語を使っているのでしょうか。
それは、「資本」という操作可能な概念・変数として扱うことで、変わらない性格や特質ではなく、「変わるもの」であり、「蓄積できるもの」として捉えるためです(※7)。
2019年、「老後2000万円問題」が世間を賑わしました。収入を年金のみに頼る無職世帯では、老後の20~30年間で約2000万円の資金が必要になることが金融庁の審議会で報告され、議論が紛糾したのを覚えている方も多いでしょう(※8)。
本書の文脈に乗せれば、中高年が就業期間において貯め込んでいるべきは、老後資金とともに、こうした〈変化適応力〉だ、ということが言えます(※9)。