原因論と目的論の比較事例3 自転車の練習をする子ども

子どもに自転車の乗り方を教えていたお父さんの例。

平本あきお 前野隆司『幸せに生きる方法』(ワニ・プラス)
原因論

お父さんが「背筋が曲がってる。まっすぐにしなさい」「ヒジが曲がってる。もっと伸ばして」と、姿勢が崩れるたびにそこを直すように指摘していた。子どもも一生懸命直そうとしているけれど、まったく上達しない。意識することで、悪いところが強化された。

目的論

お父さんに声をかけて、代わりに目的論で教えてみることにした。

具体的には、たまたまバランスが整って背筋がまっすぐになったときに、すかさず「背筋まっすぐでいいね」と声をかけ、ヒジの角度が良くなった瞬間に「ヒジの角度、ちょうどいいよ」と言うようにした。すると30分ほどで乗れるようになった。強化したい行動(背筋がまっすぐで、ヒジの曲がらないバランスのとれた状態)が発生した瞬間にそれを指摘したことで、そちらに意識が向き、発生率が高まった。

なぜ「原因論」になりがちなのか

ここからは、慶應義塾大学で幸福学を研究する前野隆司教授との対談のかたちで目的論について解説していきます。

【前野】こうやって学ぶと「そのとおりだ」と納得できますね。それなのに、僕も含めた多くの人が、こうした問題にたいてい原因論で関わってしまうのはなぜですか? 共同体感覚が現代社会で育っていないからでしょうか。

【平本】そうですね。「相手の立場で感じ、考えるという習慣がないから」と言ってもいいと思います。だから、このような事例で相手の立場に立ってもらい「大切な人に『退屈だ』と何度も言われたらどうですか」「家族に『家事をしてくれない』と言われ続けるのと『今日はありがとう』と言われるのと、どちらがやる気になりますか」と、仮想的にでも感じてもらうと、どんな人でもあっという間に「なるほど」となる。だからアドラー心理学を学べば誰でも変われる、と私は思っています。

【前野】なるほど。実体験ですね。それにしてもご紹介してもらった実例のように、そんなにすぐ、劇的に変わるものですか?