「家族みんなが無理なく支えられた」

「変な話ですが、あの時は家族みんながいいタイミングだったんです」と、徹治さんは言う。

訪問看護師の小畑雅子さんがマッサージに使っていたマルチグローブ。(筆者撮影)

「その一年前でしたら仕事が忙しくて休職は厳しかった。当時は仕事が一区切りつき、ある程度蓄えもあって仕事を休んでも辞めてもいいという状況だったんです。独身だったから身軽でしたしね。兄も転職して実家近くに帰ってきていて、父も独立して自営業だったので母親をサポートできました。『家にいたい』という母の希望を、みんなが無理なく支えられる状況だったと思います」

末期がんの患者が家で過ごす場合、疼痛管理が大切になる。看護師の小畑さんが説明してくれた。

「厚子さんは腹水で体がぱんぱんで、横を向くこともつらかったと思います。それで『マルチグローブ』を使って、厚子さんの体をずっとマッサージしました。体をさすりながら、生きること、死ぬこと、家族のこと、いろんな話をして……。痛みを緩和する医療用麻薬も使いましたが、それ以外にマッサージしたり、気分が変わる話をしたりすることも重要です。そして家族みんなが厚子さんに気持ちが向いてケアを頑張れるようにサポートするのも、私たちの務めだと思っています」

自宅で過ごせて、とても嬉しそうだった

夜は徹治さんが厚子さんの隣に寝て、寝返りがうてない厚子さんの体にクッションをはさんであげたり、痛みでうんうんうなっている時は足をさすったりした。

排泄は、徹治さんの兄の妻を含む3人がかりで車いすに乗せ、厚子さんをトイレに運んだ。

「私がオムツを提案したこともあります。でも厚子さんは本当に最後まで『トイレに行きたい』とがんばっていました」と小畑さん。

「自宅で過ごせて、とても嬉しそうでした。厚子さんの寝ているベッドから、玄関が見えるんです。だから誰が来たか、すぐわかる。孫がバタバタと帰ってくると『帰ってきたー』と喜んで、『こけないでね』と心配する。玄関からさーっと風が入ってきて、私が『いい風』と口にすると、ニコッと笑う。表情がころころ変わるんです。何度も『幸せ』と言って、でもだからこそ家族とお別れしたくないんだな、死にたくないんだなと感じる時もありました」

亡くなる1週間前から小畑さんは「そろそろ覚悟したほうがいいかもしれない」と家族に伝えた。