漂流した時のさまざまな工夫や知恵

昔の原住民たちは戦争時に難破した人たちが思いついた工夫をよく知っていた。ヘイエルダールにもその知識があった。もっとも簡単なのは生魚を噛んで汁を吸うことである。魚の切り身を布に包んで汁をしぼりだす方法もある。大きな魚だったらその横っ腹に穴をあける。その穴は魚のリンパ腺からでる分泌物でいっぱいになる。それを飲めば塩の割合が非常に低いので渇いた喉が癒されるのである。

コン・ティキ号の乗組員は仕事のない時間に体を休め、ある程度の涼をとる方法をいろいろ知っていた。

時間をきめて海に入り、日陰になった小屋のなかで濡れたまま寝ていると、水を飲む必要はずっと減ったという。サメが筏のまわりを巡回していると海に飛び込むことができない。そういう場合はともの丸太の上に寝て指と爪先で綱をよくつかまえていればよかった。2、3秒おきに波がざあざあかかってきて、涼しかったらしい。

暑い日で喉が渇いているときは水をがぶがぶ飲むのではなく、口の中にいれた水を飲まないようにして塩をかじるといいそうだ。汗が体から塩分をうばいとってしまうからその対策らしい。

ヘイエルダールは昔のポリネシア人がヒョウタンを水いれに活用していたことを知っていた。また筏の上に積んでいくべき植物に椰子の実が有用であることを聞き、筏に200個ほどの椰子の実をのせていた。漂流に出て10週間ほどたった頃、30センチぐらいの赤ん坊の椰子が5、6本できていたらしい。

ウミツバメに乗ったカニがイカダに乗り移る

海の上で眠れるウミツバメが羽根を休めているのを見かけた。しかしよくみるとその背に乗船客として小さなカニもいて、それがコン・ティキ号が接近したとき鳥から離れてチョコチョコ泳いでコン・ティキ号に引っ越ししてくるのを見ていた。

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筏の料理人がそのバルサとバルサのあいだにトビウオがはさまっているのを発見し忘れると、翌日はきまって8匹から10匹の新参のカニたちが群がって食べているのだった。

ところでコン・ティキ号にはそれよりも以前にヨハンネスと名づけられたいくらか大きいカニが台木のそばの小さな孔に住んでいた。コン・ティキ号の乗組員は料理当番のときにビスケットや魚のカケラをそのヨハンネスのところに持っていくようになった。ヨハンネスはまるっこい体をしていたが、その朝食の配給があるとハサミでしっかとつかみ、孔の奥にはこんでいくのだった。

新参者の小さなカニたちは、発酵してバクハツしぐしょぐしょになった筏の上の椰子の実にしがみついたり、筏の上にうちあげられたプランクトンの大きなやつを捕まえては食べたりしていた。