1センチのクラゲが地球最大のシロナガスクジラを形成している

この小さな密航者の観察に刺激されたわけでもないのだろうが、ヘイエルダールはこのカニたちの観察記を書いた次に、海洋学者、A・D・バイコフ博士のプランクトンについての見解を日誌に書いている。要約すると、

「プランクトンは何千種類という小さな有機体にたいする総称である。目に見えるものもあり、見えないものもある。植物プランクトンもあれば形のはっきりしない魚の卵や小さな生きている動物プランクトンもある。動物プランクトンは植物プランクトンを食べて生きており、植物プランクトンは死んだ動物プランクトンからできるアンモニアゴムや亜硝酸塩や硝酸塩を食べている。そうしてお互いが食べたり食べられたりして生きながら、一方ではみんな海の中や上を動いているあらゆるものにたいする食物になっている。そして遠いむかし海の上で食物がなくなって餓死した人々の記録がいくつもあるが、実は非常に薄い生魚のスープの上を移動(漂流)していたのでもある」

海洋学のバイコフ博士はそういった考えを教えてくれ、プランクトン採取に適した「網」をヘイエルダールらに持ってこさせたのだった。

その「網」は6.5平方センチあたりほとんど3000も目のある絹の網だった。漏斗の形に縫われていて、直径46センチの鉄の環の口がついており筏のうしろに引っ張られるのだった。

捕獲した大量のプランクトンは、見たところ百鬼夜行だった。その大部分はちっぽけなエビジャコのような甲殻類、魚と貝の幼生。ありとあらゆる形をした奇妙な小型のカニ、クラゲ……。

バケツの中に入れられたそれらはどろどろした光る粥のようだった。燃えている石炭の山のように暗闇のなかでとくに光る。勇気をふるいおこしてひとさじ口のなかにいれてみるとエビジャコのペーストかイセエビかカニのような味だった。あるいはキャビアやときにはカキのような味もした。食べられないものはポツンポツンとまざっているジェリー状の腔腸動物(ヒドラなど)や長さ1センチぐらいのクラゲだった。乗組員の2人はプランクトンはうまい、と言い、2人は見るのもいやだ、と言った。しかし薬味をつけてうまく料理すると海産物の好きな者には誰にも一流のご馳走になりうることはたしかだった。これらが地球最大の生物であるシロナガスクジラを育てかたちづくっているのだ、ということをこのエピソードの結びにヘイエルダールは書いている。

シロナガスクジラ
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サメの海水漬けはタラの味

シイラが6、7匹、筏のまわりや下を常にグルグル泳ぎ回っていた。多いときは30匹ぐらいいた。だから夕食のときにシイラが食べたかったらあらかじめ20分前ぐらいにその日の炊事当番にそう言っておけばよかった。炊事当番は短い竹の棒の先に糸を結びつけ釣り針にトビウオを半分つけて海に沈めると、たちまちシイラが手に入った。新鮮なシイラは肉がしまっていてタラとサケを混ぜ合わせたような味がしてとてもおいしかった。

ブリモドキはサメたちが連れてきた。それを得るためにはまずサメを捕まえる。2~3メートルのアオザメが多かった。しかし餌つきの釣り針はたちまち折られてしまう。そこで何本もの釣り針を束にしてシイラの体の中に隠し、鋼鉄線をつけてそれをサメに食わせると、さすがにもうそれをかみ切ることはできず巨大な獲物を筏の上に引き上げることに成功した。そのあとは暴れるサメとのタタカイになる。コツがわかるとこの方法で2~3メートルの怪物を何匹もしとめることができた。サメは小さく切って24時間海水につけておくとアンモニア臭がだいぶ飛んで食べることができた。タラのような味がしたらしい。

サメとのタタカイが終わるとサメにくっついてきたり、鼻先を泳ぎ水先案内のようにしていたブリモドキが主人を失いアタフタしているのを捕獲できた。ブリモドキは小さな葉巻型をしていて縞馬のような模様がある。サメにはりついていたコバンザメも主人を失ってアタフタしているが、バカでみっともなくて全体がぬるぬるしていて始末におえなかった。