釣りなどせずともトビウオがイカダに飛び込んでくる

コン・ティキ号がいよいよ太平洋の大海原を切り込むよう突き進んできた頃のことである。

ヘイエルダールはまわり中にいろんな魚が集まってきていることに気がついていた。しかし舵取りをすることに一所懸命だったので、魚釣りなど考えてもみなかった。2日目にイワシの大群のまんなかにはいった。そしてすぐあとで、2メートル半のアオザメがやってきて、白い腹を上にむけてひっくりかえり、筏に体をこすりつけていた。そこではヘルマンとベングトが波のなかに足を露出して立って舵をとっていたところだった。

このあたりを読んでいて2人はまるで魚に関心がないのだということが気になり、その感覚がぼくには少々不満だった。そこで思いいたったのは、このコン・ティキ号は積み荷の食料が潤沢で、その消費の仕方もヘイエルダールのリーダーシップのもと、きわめて紳士的に清潔に行儀よく行われていたのではないか、という想像だった。

なにしろひっきりなしに飢えて血走った目で海を眺めている漂流者の話ばかり読んでいたものだからそんな思いに至るのも無理はないだろう。しかし、

「翌日はマグロ、カツオ、シイラの訪問をうけた。そして大きなトビウオが筏の上にどさっと落ちてきたときにはそれを餌に使ってすぐさまおのおの10から15キロもある大きなシイラを2匹ひっぱりあげた。これは何日分もの食料だった」

さっき紹介した料理中にトビウオが一方的に飛び込んできたのはこれだったのである。

トビウオ
写真=iStock.com/neil bowman
※写真はイメージです

コン・ティキ号の朝食当番の仕事の一つは起きると筏のなかを歩き回り、前の夜飛び込んできたトビウオやイワシを探すことだった。ある朝などはまるまる太ったトビウオを26匹もひろっている。

沢山の漂流記を読んでいると気付くが、いわゆる舷側と甲板のある船では高さにはばまれトビウオが飛び込んでくる率が減るのだろうか。

コン・ティキ号の乗組員はトビウオをプリムス・ストーブ(小型コンロ)でポリネシアとペルーの両方の料理法によって揚げ物にして食べている。アスファルトの丈夫な膜が陸から持ってきた食料を守っていたが、密閉したブリキ缶にいれたほうは絶えず洗う海水によって駄目になっていた。

しかし食料に対する不満はやはり書かれていない。損害をうけていない干し肉とサツマイモと絶えず海から供給される新鮮な魚によって満足していたように思える。

ヘイエルダールは昔のポリネシアの船乗りたちが水を溜めておくために優れた容器をつかっていたことを知っていた。竹筒である。

太い竹の棒の節をぬいてそこに新鮮な水をいれてしっかり蓋をしたものを30本ほどつくり、それを甲板の下に頑丈にくくりつけていた。赤道海流のなかで摂氏約26度。常に海水が洗うのでブリキ缶のように悪くはならなかった。そして筏の下に貯蔵しておくぶんには筏の上の生活にはまったく邪魔にならなかった。

トビウオはカツオなどに追われて空中を飛んで逃げるので常に筏の上に飛び込んでくるが、それを追っているカツオが波と一緒にコン・ティキ号の甲板に飛び込みバタバタ暴れていることもあった。カツオはとてもおいしかった。と、書いてある。どういうふうにして食べた、ということは書いてなく、それも気になった。ショーユは持っていなかっただろうしニンニクはどうなのだろう。南米にはありそうだがカツオとビネガーなどで組み合わせるとうまいだろうに、などと当方には関係ないのに歯がみする思いになったりしてどうも疲れる。