「有効性がある」論文の大半が中南米やアジア発
新型コロナウイルスは非常に速いスピードで世界中に感染が拡大したため、新薬の開発が追いつかなかった。そこで別の治療目的で承認されていた薬を使う「ドラッグ・リポジショニング」が多用されたのである。
イベルメクチンもその一つ。ノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大学の大村智博士が、土壌の微生物から発見したアベルメクチンを基に開発され、日本では糞線虫症や疥癬の治療に使われている薬である。また、アフリカや中南米、中東諸国などでは、オンコセルカ症(河川盲目症)の特効薬として広まり、世界で約4億人が服用したとされる。
イベルメクチンの本家というべき北里大学では、世界中から新型コロナの治療に有効だったと報告する論文を収集して、西村康稔経済再生担当相や自民党にアピール。そしてツイッターなどで一般向けに情報発信している。北里大によると、少なくても世界27カ国以上で80以上のイベルメクチンに関する臨床試験が実施され、有効性があるという報告が数多く存在するという。
この情報から、イベルメクチンは世界中で新型コロナ治療薬としての有効性が証明されていると信用している人が多い。ただし、イベルメクチンの臨床試験を行なっている27カ国のうち、日本や欧米は6カ国。それ以外は、中南米やインドなどアジアの国々だ。
エビデンスレベルの低い論文では有効性を肯定できない
新型コロナのパンデミックによって、信頼性の低い医学論文まで公開されるようになったと、前述の埼玉医科大学・岡教授は指摘する。
「医学論文の評価は、どのような医学誌に掲載されるかで決まります。インパクトファクターという論文の引用数で医学誌は格付けされていますが、一流の医学誌ほど専門家による査読と呼ばれる審査が厳しく、評価の低い医学誌は査読が甘い。
新型コロナの感染拡大が起きてからは、査読前の論文(プレプリント)が数多く公開されるようになりました。早く治療情報を共有するためですが、従来なら発表されないような問題があったり、質の低い論文が公開されてしまうようになったのです」
岡教授に、イベルメクチンの有効性を証明したとされる論文を確認してもらったところ、意外なことが分かった。
「イベルメクチンに関しては、査読を受けていない論文、観察研究などのエビデンスレベルが低い論文が大半を占めています。中にはエビデンスレベルが高いRCTやメタアナリシス(※)で、イベルメクチンの有用性を示した論文もありました。
しかし、最近になってデータ捏造の疑いが明らかになり、信頼できないものとなっています。したがって、現時点ではイベルメクチンの有効性は肯定できません。RCTやメタアナリシスの論文だから、なんでも信頼性が高いというわけではないのです」(岡教授)
現在、日本でイベルメクチンは、新型コロナの治療薬として承認されていない。そこで北里大学は公的な研究費4億円を得て、去年9月からイベルメクチンの第2相臨床試験をスタートさせた。しかし、計画していた症例数(240人の患者)が集められず、終了予定を今年3月末から今年9月まで延長している。その一方で、先月は製薬会社・興和と組んで、新たなイベルメクチンの第3相臨床試験を発表して波紋を呼んだ。
ちなみに、臨床試験の途中で、海外の論文を引用するなどして有効性をアピールするのは、臨床試験に参加する患者に影響を与える可能性があるので、禁じ手とされている。
(※メタアナリシス=複数の研究論文のデータを統計的手法で解析した研究。エビデンスレベルは最も高いとされる)