実技試験の練習のため、毎日会社へ
筆記試験は無事終了。自宅で自己採点をすると、90点以上とれていた。待ちに待った合否の通知が届く日、ドキドキしながらポストをのぞくと、封書が入っている。開封すると「合格」だった。
次の日からは実技試験に向けて猛練習が続く。毎日、会社へ通っては、オムツ交換や身体介助などを練習し、スタッフにも「また今日も来たね」とあきれられるほど。自宅でも、ほうきに座布団を巻いたものを要介護者に見立て、大きな声で話しかける。実は苦戦したのがこの声かけだった。慣れない標準語で話そうとすると、どうしてもぎこちなくなる。長女に電話したら、「大阪弁丸出しでもいいから、お母ちゃんらしくがんばり!」と励ましてくれた。
本番当日はいつも通り緊張せず、楽しく受けられた。合格発表の日はスタッフがパソコンで確認し、携帯電話に連絡してくれることに。「もしもしおめでとう。番号あったよ!」と聞いて、ホッとする。76歳にして、介護福祉士の国家資格を一発で取得したのである。
いろんな人生を見せてもらっている
介護事業所のスタッフによると、何事も熱心に取り組み、挨拶や言葉遣い、時間厳守などきちんとした仕事ぶりへの信頼は厚い。千福さんを慕う利用者も多いという。初めは壁になっていた年齢も、むしろ強みになっているようだ。千福さんはいう。
「高齢の方が昔の話をされると、今の若い人にはとてもわからない。でも、私は戦争体験や大阪大空襲の話とか、同じ体験者どうしで話せるんです。昔の軍歌を歌ってみたり、『あの日はそうでしたね』と思い出話に花を咲かせたり。同じ干支で気が合う利用者さんもいて、その方は昔ならお城のお姫さまというお家柄。私を『ばあや』と思っていらして、『ばあや、今日は泊まっていく日なの?』『二人でお昼寝しない?』と言われます。だから、私も添い寝するふりをして、その方が眠られたところでそっと帰らせてもらう……そんな日もありました(笑)」
一人ひとりにそれぞれの人生があり、いろんな人生を見せてもらっているのだと、千福さんは思う。ホームヘルパーはその人の生活の一部を支える仕事だが、限られた時間の中でも心がけていることがあった。
「とにかく相手の心に寄り添うこと。上手に食べさせる、おむつをうまく換えるとか、そういう技術じゃなく、本当にその人の心に寄り添うことですね。認知症の方は無茶なことを言われたり、暴れたりもするけれど、心の奥底では本当は自分のことをわかっている。そんなふうに私には見えるんです。何でこんな病気になったのかという苛立ちが、暴れたり、怒ったりすることにあらわれるのでしょう。だから、少々無理を言われても逆らわない。赤ちゃん言葉でなだめるのでもなく、長く生きてきた人間どうしとして言葉をかけるようにしています」