「使う人の意思を尊重しないといけない」

松下たちの配慮はシューズにも表れている。シューズにもさまざまなくふうがあるのだが、ふと見るとベルトではなく、紐で結ぶ方式になっている。ジャケットのファスナーのように片手で扱えるものにはなっていない。

手に障がいのあるパラリンピック選手のことは考慮しなかったのか?

「いえ、ちゃんと考えたのです」と松下は首を振った。

「選手にヒアリングをしました。『ワンタッチで履けるベルトにしたらいかがですか?』。

すると、『ベルトで着脱する靴はカッコ悪いから嫌です』と言われました。パラリンピックの選手は専用の道具を作っても、それがカッコ悪いものだったら、一切受け付けないんです。思えば、彼らは普段から靴の紐を結ぶ場合はくふうしているんです。そうした選手たちに不格好な道具を渡しても使ってくれませんし、かえって選手のモチベーションやテンションを下げてしまう。僕たちはつねに使う人の意思を尊重しないといけないのです」

スポーツウエアはどんどん進化する

松下は別れ際にこう言った。

「スポーツウエアの進化は一般の衣料を超えています」と訴える。

「進化は他のアパレルより間違いなく速い。絶えず、新しい機能を探して、それを付け加えていかないと競争に勝てませんから。ニシ・スポーツの西さんが作ったジャージは僕らの原点です。当時、伸びる繊維は画期的だった。そこに今度は通気性が出てきた。吸汗、速乾、接触冷感、蓄熱、つまり保温力、加えて透湿性。スポーツウエアには非常に矛盾する性質をすべて入れていかなくてはいけない。

写真=iStock.com/Inside Creative House
※写真はイメージです

通気性を担保しながら保温力を高めるのは基本的には矛盾する話です。ビニール製で通気性のない表面素材のなかが綿入りのジャケットを着たと思ってください。ちょっと走っただけで、体は汗でびしょびしょになります。それは通気性がないから起こる。僕らは中綿を入れながら通気性を担保するにはどうすればいいかを考える。だからといってビニールでなくただの布にしたら、今度は雨が降ったら濡れてしまう。では、どんな素材を使おうか、メッシュの配置はどうしようかと考える。

靴でも同じです。テニスシューズの場合、ジョコビッチのように非常に踏み込みが強い選手に対して、ソールをデザインするとします。踏み込みを受け止めるだけではなく、最後に靴をちょっとすべらせるというデザインが必要です。ほんのちょっと滑らせないと、足を痛めてしまうから」。