あるメーカーの経営計画の発表会における出来事である。社長は、地元でも確固たる地位の企業を一代で作り上げることに成功した。公益的な役職にも従事し、まさに地元の名士という方であった。その社長が、発表会の挨拶のなかで「3年後に退任して後継者に任せる。みんなそのつもりで頼む」といきなり発言した。

第一線で活躍していた社長からのいきなりの発表は、後継者も社員も青天の霹靂だった。同時にすべての人の覚悟が決まった。懇親会で古参の社員が「社長はいつもいきなりだから困る。言われたからには3年以内に結果を出して花道を飾らせます。あと新社長を一丸となって支えます」と挨拶をしていた。私は見事な組織だと感じ入った。

65歳になったら事業承継を考えなくてはならない

では、社長は具体的にいつまでに退任すべきであろうか。社長には「定年」というものがないために悩ましい。しかも、会社の実情もあるので、一概には判断できない。個人的には「70歳までには事業承継をいったん終了させるべき」と考える。もっと言えば、65歳をひとつのマイルストーンに設定して、事業承継を考えていただきたい。

現代において65歳はまだまだ現役世代であって、「引退するには早い」という印象を受けるかもしれない。されど、事業承継は「早い」という印象を受けるくらいがちょうどいい。こういった時間的余裕を確保するのは、事業承継に失敗した場合のリスクを回避するためだ。

島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)

あるサービス業では、次男に社長を譲ったものの、先代と方向性がまったく合わなかった。次男は自室にこもり、数字だけを眺めながら経営を進めようとした。結果を出せない社員を執拗に責め、求心力も失っていた。

「引退した人が口を挟むな」という次男の姿勢にしびれを切らした先代は、苦渋の決断として、次男を社長の椅子から降ろし、会社から離れさせた。父親としては辛い判断であったが、会社と社員を守るための判断であった。

もちろん顧問税理士から、代表取締役に復帰することによる税務的リスクについての説明もあったが、背に腹は代えられぬということでの判断であった。事業を整理して、改めて別の親族に経営を渡して正式に引退した。社長として見事な姿である。

不測の事態において、一時的に社長に舞い戻るためには、やはり体力が必要である。高齢になって身動きが取れなくなった状態で、会社を建て直すことはできない。余力を持って、事業承継を組み立てていただきたい。

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