村を追われた被害者

1999年に義父が亡くなると、リディアさんは、同居していた母親を「未成年者に対する性犯罪を告発しなかった罪」で告訴。これが全国紙上で取り上げられると、村人は、リディアさんを追い出しにかかった。警察に通報してメディアに語り、村に不名誉をもたらしたからだ。「あばずれ」と呼ばれ、『村はずれで売春もしている』という噂が流され、リディアさんは村を離れることを余儀なくされた。

この事件に関する研究を、2008年の著書『平凡な近親姦』(Un incest ordinaire)にまとめた社会学者のレオノール・ル・ケンヌ(Léonore Le Caisne)氏は語る。

「(年長の男性が権威を持つ)家父長制社会では、金を多く稼いでくる者、つまり多くの場合で男が権力を持ち、家の中は彼が好きなようにふるまえる解放区と化してしまうことがあります。圧倒的に優位な立場にある彼が、一番立場が弱い者、つまり子どもを捕らえて性的に支配する近親姦が起きてしまう」。ちなみに、国立非行刑罰監査局が2020年12月に発表した調査によると、フランスでは近親姦の加害者の95%が男性だ。

「僕のパパは刑務所に行かなきゃいけなくなるの?」

フランスでは来年度から、小学校と中学校で計2回、医師の聞き取りによる近親姦予防診察が義務付けられると発表された。被害者団体やフェミニスト団体は、学校で最低1年に1回、子どもたちに近親姦も含めた性犯罪全般に対する教育を行うよう求めている。

ドロテ・デュシ氏の著書 写真=プラド夏樹

元ラグビー選手で、子どもの時にコーチから性犯罪被害を受けていたセバスチャン・ブエ氏が2013年に設立した団体「 Colosse aux pied d’argile」は、スポーツクラブや学校に出向いて、子どもへの性犯罪について特別授業をしている。静かに話を聞いていた子どもが、授業の後、「じゃあ、僕のパパは刑務所に行かなきゃいけなくなるの?」と聞きに来たり、「秘密なんだけど、○○ちゃんの家ではこんなことが起きてるんだよ」と友達の被害を伝える子どももいるという。

『支配の始まる場所、近親姦の人類学』(Le berceau des dominations)の著者、ドロテ・デュシ(Dorothée Dussy)氏は「欧米では、10歳の子ども30人のクラスのうち、平均1人から2人は近親姦の被害者がいる」と言っている。

日本の警察庁の発表では、2020年に親や親せきなど監護者を子どもへの性的虐待で摘発した事件は、前年に比べ21.5%増加し299件だったというが、おそらくこれは「氷山の一角」だろう。近親姦は性犯罪の中で一番「話しにくい」もの、実際の件数はこれをはるかに上回るのではないだろうか。

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