知人に紹介してもらったのが、小田原市の小田急線栢山《かやま》駅に近いピアノ教室だった。教えるのは小西とも子である。旭は3歳7カ月で小西からピアノを習いはじめる。旭が初めて教室に顔をみせたとき、小西はこんな印象を持った。

「目がくりくりして可愛い子だな。ちょっと人見知りでシャイなところがあるのかな。それにしても人の話をよく聞く子だ」

テキストの曲をどんどんこなしていく

旭は同じ年齢の子に比べて落ち着いていた。ぐずったり、注意力が散漫になったりすることはなかった。いつも小西の話を真剣に聞いている。大きな目をしながら、一言も聞き漏らさないという意志を感じさせるほどじっと話に聞き入った。

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小西は教えはじめてすぐ、旭の飲み込みの良さ、習得する能力の高さに驚かされる。とにかくよく家で練習してくる。一つ教えると、それを自分のものにするスピードが他の子よりもずいぶん速い。どんどんテキストは終わっていく。だから旭を教える過程で小西自身、勉強することになる。新しいテキストに入るときは教える側も勉強しなければならない。小西は追い立てられるように、新しいテキストに入っていった。

彼女が子どもたちにピアノを教えはじめたのは、自身が音楽大学に入学した1980年である。ピアノ教室を開いている企業の営業担当者から、「幼稚園でピアノを教えてもらえないか」と依頼されたのが最初だった。これをきっかけに小田原の幼稚園でピアノを教えるようになり、その後自宅で教室を開く。多いときは約60人の生徒を抱え、これまでに教えた子どもは500人を超えている。

旭の才能に気づいた“ある瞬間”

教え子はそれぞれ特徴がありどの子も違った印象を残しているが、中でも旭の印象は強烈だった。とにかく一生懸命学ぼうとしているのが伝わってくる。新しいことを教えると、彼はすぐにそれを吸収した。小さな植物が水や栄養分を摂取するのに似ていた。小西自身、旭を教えるのにやりがいを感じた。性格的にも合ったのだろう。2人の師弟関係は続くことになる。

旭は簡単な曲なら楽譜通りにピアノを弾けるようになり、1年ほどすると楽譜をアレンジして弾くようになっていく。「ここはシャープを付けた方がいいと思うんだ」と言いながら、曲を変えて弾く。有名な曲は楽譜通りに弾くのだが、練習用の曲の場合、しばしばアレンジする。これが作曲への萌芽となる。