「ぜひウチで働いてほしい。採用面接を受けに来てくれませんか?」
職場体験当日。長男は朝5時に起きました。緊張していたため、朝が早くても眠気はあまり感じなかったそうです。職場に向かう道中、ひんやりとした空気を感じつつ、長男の心の中は期待と不安でいっぱいでした。20年近くも自分の部屋にとじこもった生活をしてきて、人生で初めて働くのですから、無理もありません。
職場についた長男は緊張でがちがちになっていましたが、職場の人たちは温かく迎え入れてくれたそうです。そのおかげで、長男は少しだけ心に余裕を持つことができました。
職場体験で指示された掃除の内容は、自動ドアや看板の雑巾がけ、フロアにあるゴミ箱の中身を捨ててきれいにするといったもの。もちろん最初から自分一人で掃除ができるわけではないので、ベテランパートの60歳女性とコンビを組んで掃除をすることになりました。パートの女性から優しく丁寧に掃除のやり方を教えてもらい、長男は黙々と一生懸命に作業をしていきました。
すると、その様子を見ていた採用担当者が職場体験終了後に長男に声をかけてきたのです。
「ぜひうちの会社で働いてほしい。今度、採用面接を受けに来てくれませんか?」
そのようにスカウトされた長男は「こんな自分でも受け入れてくれるところがある。すごくうれしい! この会社で仕事をしてみよう」と思ったそうです。
初任給は2万円、父にハンカチを母に花をプレゼント
後日、長男はその清掃会社の面接を受け、無事アルバイト採用されることになりました。
アルバイトで仕事をするようになった後も掃除のやり方は丁寧に教えてもらえ、長男からの疑問や質問にもきちんと答えてくれたそうです。また、職場で厳しい言葉を投げかけられたり怒られたりすることもありませんでした。
なぜ、そのようなことが可能なのか?
それはその会社の企業風土にありました。社長を含め従業員全員が働くことが難しいお子さんに理解を示していたからです。もちろんそのような会社はどこにでもあるわけではありません。サポステの担当者が日々靴底を減らし、理解を示してくれるような会社を一つひとつ見つけていったからなのです。
職場の方々はいずれも長男に優しく接してくれていますが、その中でも特に“フレンドリーなおばちゃん”がいて、長男が仕事を続ける原動力にもなっているそうです。そのおばちゃんからは、出勤時には「今日も来てくれてありがとう。一緒に頑張りましょうね」と言われ、退勤時には「今日もおばちゃん助かったわ~。次はいつ来てくれるの?」といったように必ず声かけをしてくれるそうです。それにより「よし、次も頑張ろう」という意欲が湧いてくるのでした。
長男がアルバイトを始めて1カ月がたった頃、念願の初給料が出ました。
時給は最低賃金なので手取りは2万円程度でしたが、それでも「自分で仕事をしてお金を稼いだ」ということが何よりもうれしかったようです。
長男はその初給料で父親にハンカチを、母親に花をプレゼントしました。
長男からの思いがけないプレゼントに両親は驚きましたが、同時に長男の成長を心から喜びました。自信がついてきた長男は「もっと仕事の時間を増やして稼ぎたい」と両親に告げたそうです。
母親は最後に次のように語ってくれました。
「仕事内容は本人に向いているようですし、職場の方々が長男に優しく接してくれているのでとても助かっています。いつまで仕事が続けられるかは分かりませんが、親としては静かに見守っていこうと考えています」
勇気ある一歩を踏み出した長男。その後、支援者や職場の人にも恵まれ、働くことに自信を持てるようになって本当に良かったと筆者は心から思いました。