「オンチはあんただ」今でも忘れられない一言

負けん気の強さは、趣味のジャンルにも影響していた。磯野は大学からピアノを弾き始めたが、それには深い理由があったのだ。

「小学校4年生のとき音楽の時間に歌を歌っていると、先生が『やっぱりそうだ。オンチはあんただ』と言うんですよ。もう顔を上げられないほど沈んでしまって、こんなことに負けてたまるかって思ってね」

それが、長じてピアノを弾くことに繋がったというのだが……。

「だって、ピアノなら声を出して歌わなくていいじゃない」

小4の時の屈辱を、大学生になってからリベンジするという執念がすごい。

絵画に関する思い出は、さらに切ない。

「やはり小4の時ですが、私、花の絵を描いたんです。綺麗な花が倒れちゃいけないと思ったから、茎を木みたいに太く描いた。そうしたら先生が、『何よこれ、木じゃないの』って言うわけ。このひと言で、絵を描くのがすっかり嫌いになってしまったんです」

撮影=小野さやか
定年退職後に趣味を持ち続けることの大切さは、20代の頃からすでに意識していたという

決めたことをやらないと、自分が許せない

アゼリーでは利用者や近隣住民を対象に「ここからプラザ」という活動を行っている。磯野はプラザで書道を教えているが、参加者の書をけなすことは絶対にしない。

「特に、書道、絵画、音楽や芸能的なものでは、絶対にけなしてはいけない。褒めて褒めて育てなければいけないんです」

この強い信念の背後に「花の木」の悔しい思い出があることは、言うまでもない。

「私はね、一度やると決めたことをやらないと、自分が許せないんです。だから朝の巡回もピアノの練習も、一度やると決めたら絶対にやる。継続の秘訣は一日何時間なんて決めないで、5分でもいいからとにかくやり始めること。一度やり始めてしまえば、一時間でも二時間でも平気でやれるんですよ」

人並外れて勝ち気であるがゆえに、人一倍傷ついた経験を持ち、その記憶をバネに86歳の現在も自分を磨き続ける磯野。いったいいつまで働き続けるつもりだろうか?

「目が悪くなってきたので、自動車免許は来年で終わりにしようと思っていますが、体の方は何をやっても疲れないのでね(笑)」

進退の判断は、経営者に委ねるそうだ。

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